レイニィガール-1
いつもの準備室。
よく降る雨が窓にその痕跡を必死でつけ続ける様子を見ながら、相川夕香は小さなポテトチップスを一枚口に運んだ。
「よく降るねー」
「そうだな」
パソコンで授業に使うプリントを作りながら、教師滝田慎一郎は応える。
「先生は良いよね。マイカー通勤だもん。死ぬ程送って欲しい」
ぽりぽりとお菓子の砕ける音が雨音と混ざる。
「学生は歩きなさい。それに、そろそろ帰らないと駄目だよ」
滝田は作業を中断して体を椅子に預け、伸びをする。ついでに眼鏡を外して眉間をマッサージした。
「もうちょい、居たい」
寂しそうな顔をする夕香に、滝田は多少動揺する。
それを降り払う為に、言葉を発した。
「駄目だ。暗くなるだろ。明日の予習もしないと」
「えー、じゃあ駅まで。そしたら帰る。絶対大人しく帰る」
夕香の通う高校は、駅までバスで10分ほどかかる。
今日は雨だし、バスもなかなか来なくて困ると夕香はだだをこねた。
けれど、生徒を送ったり出来ない、と滝田は突っ撥ねる。
最寄り駅までの道だ、誰かに見られても困る。
「解った」
しょげた様子でポテトチップスを鞄にしまうと、座っていた椅子から立ち上がり夕香は部屋を出た。
「また明日ね、先生。さよなら」
振り返って微笑むと、夕香は帰って行った。
姿が見えなくなると、滝田は胸が痛くなる。
送ってやれば良かったかと、そんな事を考える。
最近は毎日こうだ。
何かにつけて一緒に居たがる夕香を拒絶する日々。
そしてその後嫌になる。好意を振り払うのは、辛かった。
こんな気持ちになるなら、一度くらいは送ってやっても良いかも知れない。
滝田は決めた。
雨だし、別に良いだろう。何とか云い訳も立つ。大体下心がある訳じゃないし。
幾つも幾つも言葉を並べて自分を納得させる。
見つかった時、何と云えば良いのか―――本当はちっとも解らない事実にそっぽを向いて歩き出すと、すぐに夕香の姿が見える。
ほっとする心には気付かないふりをして、滝田は声を掛けた。
「相川」
声が届くと、すぐに振り向く。
夕香はいつもそうだ。
「どしたの」
「送ってく」
夕香は、飛び跳ねた。