母 芽衣の述懐-4
「真奈美ちゃんが教えてくれたのよ。
真奈美ちゃんも、人には言えないようなつらい過去を背負っていた。
でも、真奈美ちゃんはそれらのすべてを否定して生きてはいなかった。
人を信じて信じて、信じぬいて生きていた人だったの。
人に優しく、ひたすら優しくする人だったの。
人を助けるためなら何でもする子だった。
それがたとえセックスという手段だったとしても、
真奈美ちゃんは人を助けるためになら、人に優しくするためになら、なんでもしたの。
セックスさえも個性だと。
自分に優れているのはセックスの能力だと。
だからそれを最大限に発揮して、たくさんの人に優しくしてきた。
真奈美ちゃんは自分の周りのすべてを肯定し、認め、活かして生きていたの。
最後の最後まで。
だから、わたしも、真奈美ちゃんのように生きなきゃって思ったの。
レイプされたことも、肯定していこう。
それによって失ったものもあるけれど、
それによって得たものが少しでもあるのなら得たものを大切にしていこうと。
活かしていこうと。」
「………。」
「つまり、お母さんが言いたいのは………。」
雅和を制して恵介が言った。
「いつ、誰と体験したか、よりも、
それをどう受け止め、今後、どう生きていくかが大事だ、ってこと、だね。」
「そうね。そう思うわ。」
「過去や今よりも、未来が大事?」
「いやそうじゃない。今が一番大事だ。
でも、今を未来に活かさなきゃ、今は無駄になる。」
「活かすことが一番大事だってこと?」
「そう。経験も、才能も、性格も、全ては未来のためにある。
その未来は、今現在や、今までの全てを活かすことで、
創っていかなきゃいけないものなんだ。」
「よく、考えてみる、わ。」
「変なこだわりは一度捨てて、どうしたら未来につながるかを考えてみるよ。」
「そうね。簡単なことじゃない、と思うわ。」
「そう。答えは一つじゃない。でも一つしか選べない。
でも、選んだのなら後悔はしないことだ。
すべてを肯定して、活かしていけばいい。」
「わかったような気がする。」
「うん。」
「じゃあ話は終わりだ。」
恵介と美沙希は黙って部屋へ戻っていった。
「ねえ、雅樹。」
「ん?」
「わたし、さっき、子どもたちに話していて………。
一つ思い出したことがあるの。」
「へえ。何を?」
「ねえ、雅樹って、香田、くん?」
「何をわかりきったことを聞いているんだい?」
「ううん。そうじゃなくて。
わたしが中学生の時に付き合っていたのも、
確か香田くん、香田まさきっていったような。。。
雅樹は、あの雅樹、なの?」
「芽衣。君がレイプされたあとの後遺症の治療やその副作用で、
ある時期の記憶を失っていたことには、
きっとそれなりの理由があるのだと思う。
自分自身がもっとつらい思いをしないために、
自己防衛本能が働くようなことがあるのだと思う。」
「そのために、記憶に蓋をしてしまうっていうこと?」
「ああ、そんなところだ。」
「じゃあ、ある時期の記憶をなくしたことにも、それなりの意味はあるっていうこと?」
「ああ。それなりの理由があると思う。
記憶は、たったひとつ、その断片を思い出すだけで、
次々と甦ってくることもあるそうだ。
失っていた記憶を取り戻すことが良いことなのかどうなのか。」
「つまり、思い出さない方がいい記憶もあるっていうこと?」
「ぼくは専門家じゃないからよくはわからないけれど、
そこのところはもう少し慎重になった方がいいんじゃないかと思うんだ。
なにしろ、30年も忘れ続けている記憶なんだろ?」
「ええ。忘れているというか、あまりにもおぼろげというか。
夢のようでもあり、思い込みのようでもあり、
誰かに教えられた記憶のような気さえするの。」
「それはそれでいいんじゃないのかな。無理をする必要はないように思う。
大切なのは、過去よりも。。。。」
「そうね。さっき圭介たちに言ったばっかりだったわ。」
「さ、それよりも。」
「ええ。わたしも子どもたちに話しているうちに、
それこそあの時の光景が甦ってきちゃって。。。」
「じゃあ、芽依は着替えておいで。ぼくは部屋を熱くしておくから。」
「真夏の薄暗い部室。弾け飛ぶ制服のボタン。汗と土埃。」
「戻ってくるときに、部屋の鍵はしっかりと閉めておけよ。」
「今夜のはさすがに覗かれたらまずいから?」
「いや、圭介が乱入してくると、美沙紀も黙っていないだろ?」
「初めての体験が父親と兄のレイプじゃあ、あまりにも衝撃的すぎるから?」
「それが癖になったら困るだろ?」
「病み付きになるってこと?」
「ああ、もっと慣れてからじゃないと、
自分の気持ちや欲望をコントロール出来ないだろうからな。」
「じゃあ、まだお預けね。家族4人でのパーティーは。」
「ああ。その前に美沙紀の初体験だ。」
「恵介、大丈夫かしら。」
「ああ。バージン相手の経験はそうたくさんはないだろうが、
もうお互いの身体の特徴や性感帯だって知り尽くしている仲だ。
ふたりで協力して上手くやるさ。」
「娘が初体験を迎えるときに親はレイププレイなんかしてていいのかしら。」
「不謹慎ってことかい?」
「ううん。見守らなくてもいいのかってことよ。」
「だったら、恵介に言ってくるか。ビデオのスイッチ、忘れるなって。」
「まあ、あの子のことだから、その辺りも抜かりはないかもね。」
「ああ。後日、観賞会でも開いてやるか。」
「じゃあ、着替えてくるわね。」