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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−7−-1

その日の晩から、再び雨が降り出した。
あまりの激しさに、テレビの音さえかき消されてしまってほとんど聞こえない。
僕は布団の上に横たえていた体を起こすと、はうようにして壁際まで行きカーテンのレースを引いた。バケツの水を叩きつけられたような窓の外では、木々がしなってざわざわと悲鳴をあげている。どうやら風の方も相当強いらしい。この分だと明日の朝には桜も全部散っているかもしれないな、と思いながら、もう一度布団の上に戻って仰向けになる。寝返りをうって、枕元に置いた腕時計に目を向けると、すでに十一時を半分以上回っていた。そろそろ眠らなければ、明日の仕事がつらくなってしまう。疲労できしむ体を起こすと、僕は天井からぶら下がっている電気の紐に手をかけた。その時だった。およそ遠慮のない音で、入り口のドアがノックされた。紐を握ったままの体勢で、僕はドアを見つめた。誰だろう。ここの管理人は夜中しか見回らないはずだし、宿泊者は僕だけのはずだ。夜勤の職員にしたって外があの豪雨では寮からの距離をわざわざ歩いてくるとは思えない。 とりあえずドアの前まで行って、
「どなたですか」
と、恐る恐る聞いてみた。返事はなかった。開けようかどうしようかノブに手を回したまま迷っていると、外から声が聞こえた。ノックの仕方とは裏腹に、聞き逃してしまいそうなほど頼りない声だ。まさか、と思ってドアを押し開ける。予想は当たっていた。
「柊さん」
そこには薄く色落ちしたジーンズに、白のトレーナー姿の柊由良が立っていた。
一瞬こわばっていた彼女の顔は、僕を見るなり、いつもの笑顔を取り戻した。
「藍斗センセ」
肩が小さく揺れている。ここまで走ってきたのだろうか。いや、そもそもどうして彼女がここにいるんだ。消灯時間はとっくに過ぎているし、入所者がこの宿舎に入ることはたしか禁止されているはずだ。
「どうしたのこんな遅くに?駄目じゃないか。ここは入ってちゃいけない建物だろ」
どうにか動揺を隠しながら、僕はたしなめるように言った。
「ほら、寮までついて行ってあげるから一緒に帰ろう。ね?」
柊由良は残念そうにうつむくと、口元を尖らせまま渋々頷いた。
ほっと息をもらす。ここでいやだなんて駄々をこねられたら、どうしようかと思った。
ここまできた理由は、寮に向かいながらきけばいいだろう。とにかく、こんなところを誰かに目撃される前に、彼女を無事に送り届けなければならない。
「ちょっと待ってて」
と言って、いったん部屋の中へ戻ると、僕は脱ぎ捨ててあったジーンズを手にとった。
「あのね、藍斗センセ」
背中から柊由良が呼んだ。
「何?」
ショートパンツにジーンズを重ねばきしながら、返事をする。
「私ね、藍斗センセにこの手紙を渡そうと思って、傘さして走ってきたの」
「手紙?」
ベルトを締めて振り返ると、僕は再び入り口へ出て行った。柊由良から差し出された手紙を受け取って、視線を落とす。英字模様のしゃれた封筒だった。
「これ私が頑張って書いたの。あげるね」
「ん、ああ。ありがとう。後で読ませてもらうよ」
ちょっと照れ臭いな、と思いながら後ろのポケットへ差し込むように入れる。
それを見て満足したのか、柊由良は昼間あめ玉をくれた時みたいに微笑むと、それじゃあ、と小さく手を振った。
「私、もう帰る。ばいばい。藍斗センセ」
「え?ちょっと待って。送って行くから」
僕は慌てて部屋に戻ると、荷物の中からトレーナーをひっつかんで廊下へ飛び出した。


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