マーメイド-4
竜宮城で瀬奈と別れてから、これほどまでに瀬奈の事を考えた事はない。瀬奈の分まで幸せにならなきゃいけない、そう思い続けた25年間であった。それは幸代も同じだ。口にせずとも2人で一生懸命に幸せになろうと努力して来た。しかし振り返れば、幸せとは一生懸命になれば掴めるものではない事に気付く。幸せと言うのは笑顔の数だと言う事が分かった。海斗にとっては幸代の笑顔、子供の笑顔、そして周りの人間の笑顔の数だけ幸せになれる、そう思えるようになった。今なら瀬奈にアドバイスできるだろう。幸せになりたきゃ前を向いて笑え、と。あの時そうアドバイス出来ていれば瀬奈はまた違った人生が待っていたのではないかと思う海斗であった。
子供達も大人になり、孫も産まれた。そして先週会社を退社し、一つの責任を全うしたような気がした。ふと心に余裕が出来た海斗は、ようやく海に戻ろうかな、そう思ったのであった。
「ご覧の通り、いい人生だったよ。取り敢えず死ななくて良かった。子供達には親の居ない寂しい思いはさせたくなかったからな。しかし何だなー、こんなに子供が可愛いもんだとは思わなかったよ。孫もな。あのクソガキの勇人も可愛いもんさ。アイツは確実に俺の血を引いてるな。ロクな大人にならねぇ。フフッ。
まだ幸せ、足りないか？めっちゃ幸せになればきっと瀬奈に逢えると思ったんだけどな。瀬奈が竜宮城で俺とは居場所が違うと言った瞬間、俺は瀬奈の死を覚悟したよ。そう言う意味だったんだろ？瀬奈は私に、俺は生きてる、そう理解した瞬間だった。それは分かってる。だが瀬奈は一体どこに行ったんだ？あんな穏やかな海で、結局瀬奈の死体は上がらなかったもんな。最後までミステリアスな奴だったよ、瀬奈は。
随分遠ざかってしまった海だけど、これからはまた毎日来るからな？釣りキチ復活だ。まぁたまたま今日は釣れないが、明日からは大漁さ。そのうちまた釣り上げてやるから待ってろよ？」
海斗は海を見つめて瀬奈の顔を思い浮かべた。これまで思い出すのも辛かった海だが、やはり自分の帰るべき場所だな、そう思った。
「瀬奈…」
海斗はそう呟き、暫く黙り込み、あの日と同じような穏やかな海をジッと見つめていたのであった。