マーメイド-3
そこへ海斗の元へ柴犬が走って来た。その柴犬を抱き上げる。
「覚えてるか?デルピエロ。こいつは三代目だ。しっかり血は受け継いでるし、俺に一番懐いてる。幸代と結婚して5年目にばーちゃんが、6年目にじーちゃんが亡くなってな。当然デルピエロを引き取って育てたんだ。デルピエロが死んで、二代目がまた可愛くてな。その子供だ。
瀬奈にも懐いてたよな、デルピエロ。竜宮城にも犬はいるか??デルピエロは竜宮城に行ったか?一緒にビスケット、食ってるか??」
海斗はデルピエロ三世をワシャワシャワシャと撫でながら、瀬奈がデルピエロと遊んでいた姿を思い出す。
「あの日が遠くなるにつれて、もしかしたらあれは夢だったんじゃないかって思う時があるよ。だってそうだろ?普通人間釣るか??しかも絵に描いたような美人を。で、即同棲するか??ありえないだろ??誰に言ってもまず信じないよな。でも現実だったんだよな。短い間だったけど、瀬奈と過ごした時間は決して幻じゃなかった。全身包帯巻きになってた瀬奈を見た時の胸の苦しみは今でも忘れられないよ。どうして瀬奈がこんな目に遭わなきゃならないのか、神様を恨んだよ。初めて瀬奈が発狂した時はどうしていいか分からなかったけど、でも普段見せる瀬奈の無邪気な笑顔が好きで、この子をずっと笑顔でいさせてあげたいって思ったものさ。やっぱ瀬奈は普通だった。ただ周りの環境が悪かっただけだ、俺となら瀬奈は一生幸せでいられるはず、そう信じてた。
瀬奈が福岡に帰った後は、心に大きな穴がポッカリと空いたような気分だったよ。もう一緒にいる事に慣れてしまって、家に瀬奈が居ない事に慣れるのが大変だった。ずっと瀬奈の事ばかり考えてた。
でも瀬奈は知ってたのかも知れないな。俺が幸代の事を好きだったのを。きっと幸代が俺の事を好きだった事にも気付いてたはずだよな??その間で瀬奈を悩ませてしまったんじゃないかなって思う。でもそんな状況の中で、瀬奈は病気が出る事はなかった。瀬奈は自力で自分の病気に打ち勝ったんだよ。あの時気づいてやれなくてごめんな?凄い事だよ、実際。マジで。
瀬奈、この海のどこかに居るんだろ?そろそろ出て来いよ!あの時と同じく、今日はまだ何も釣れてないぞ??今日イチの大物だ。今度は優しく釣り上げてやるから!さぁ来い!」
海斗はジッと竿先を見る。だが竿先がピクリとも動く事はなかった。