マーメイド-2
当時の面影は残っている。海に来なくなったら代わりに山へよく出かけるようになり、お陰で色黒さはあまり変わらずに済んでいる。もはやおじーちゃんになった海斗はポカポカ陽気の海を眺めながら久しぶりに竿を構えていた。
「変人と海…か。」
老人と認めたくない海斗は、そう呟いてクスッと笑った。そして椅子に座り穏やかな海を見て誰かに語りかけるかのように心の中で話し始める。
「久しぶりだな、瀬奈…。元気だったか?竜宮城は楽しいか?まぁ楽しいんだろうな、帰って来ないんだから…。
俺もいつの間にか60歳になっちまったよ。で、仕事は定年を迎えてキッパリと辞めた。これから暇になるし、釣りでもしないと暇だなって思ってまたやる事にしたんだ。
幸代と結婚してこれ以上ないってぐらい幸せな毎日を過ごして来たよ。すぐに麻里奈が産まれてな。ほら、あそこにいる幸代似の美人だ。そしてもう2人の孫がいるんだ。あの2人。可愛いだろ?自慢の孫だ。で、ここにはいないが、翌年に弘弥ってゆー長男が産まれて、今アメリカでバスプロしてる。バス釣りなんかすんじゃねーって大喧嘩したけど、奴はアメリカに行っちまったよ。で、去年デカイ大会あるから来るかって言われて、本当はバス釣りとかどーでもいいんだが、来い来いしつけーからしょーがなくアメリカ行ってやったら、その大会で日本人初の優勝をしてな。まーバス釣りごときの優勝なんてどーでもいいんだけどな、取り敢えず褒めてやったよ。まー賞金も半分くれたし、勝手にアメリカ行った事は許してやったよ。しょーがないからな。
てな訳で事故もなく、大きな怪我もなく、何とかここまで来た。ようやく人生を振り返る余裕が出来たかな、そんな感じだ。
そーそー、知ってると思うがあのお前の腐れ亭主、勇樹だけど、結局あの女と結婚して独立して個人事務所を立ち上げて政治家目指してたけど、秘書の女に手を出して嫁に刺されて死んじまったよ。バカだねー。バカは死ななきゃ治らないってゆーが、あいつは死んでも治らないな。ナムーだよ、ナムー。
それはさておき、あの日以来だよ、海に来るのは。釣りもだ。ずっと海には来なかった。来る気にならなかった。この海には色々ありすぎて胸が苦しくて、な。瀬奈を救えなかった苦しみが俺の足を海から遠ざけちまった。だけど、やっぱ海っていいよな。落ち着く。今ではようやく嫌な思い出ではなく瀬奈と出会えた場所…、そう思えるようになったよ。伊達に歳を重ねた訳じゃねーって事だな。成長したぜ、俺も。」
やんわり微笑みながら海に話しかける海斗であった。