竜宮城-1
「馬鹿野郎!!」
海斗は思わずそう叫んだ。
崖から背後に倒れて行った瀬奈の背中と遥か下方の海面が並行になる。瀬奈の瞳には気持ちがいい程の青空が広がる。そのまさに日本晴れと言っても過言でもない青い空に恐怖は全くなかった。まるで空に浮かんでいるかのような穏やかな気持ちになっていた。
(ようやく終わる…。もう苦しまなくて済む…)
そう思い目を閉じる瀬奈。このまま眠ってしまいそうなぐらいに安らいだ気分の瀬奈の真上から何かが飛び降りて来た。
「ダメ!海斗さん!!」
幸代の悲鳴にも似た声が響く。海斗は何の躊躇いもなく、瀬奈を追い崖から飛び降りた。
ふと異変に気づき目を開けた瀬奈。そこに映ったのは自分にグングン向かってくる海斗の姿であった。
「えっ!?」
あり得ない事のように思えた。もう海斗は自分の目の前に迫っていた。そして両手を広げ、落下中の瀬奈の体に抱き付いた。そこからの2人の時間はスローモーションの世界だ。時間がゆっくりと過ぎて行くような感覚になった。
「か、海斗…」
「馬鹿野郎!勝手に飛び降りやがって!」
「な、何で飛び降りたの!?」
「お前を抱きしめる為だろうが!」
「あ、危ないじゃん…」
「本当だよ!俺は高所恐怖症なんだ!」
「えっ!?そうなの?」
「ああ。だからメチャクチャびびってんだよ!」
「そうなの?でも上から降ってくる海斗、ムササビみたいだったよ?」
「るせぇ!」
瀬奈も海斗の体をしっかりと抱きしめ返す。
「せっかく一度助けてやったのに、また死のうとするなんて!」
「あれはたまたま釣り上げただけでしょ♪」
「そーいや瀬奈、あん時釣りキチの俺を馬鹿にしたよな!?釣れたのは人間とワカメだけだって!」
「そんな事言ったっけぇ??」
「言ったね!」
「でも間違ってなかったし。」
「確かにな。」
2人はまるで家で寛ぎながら会話しているかのようであった。
「海斗って、変人変人言ってるけど、実は真面目で優しい人だもんね!」
「俺は変人だ!じゃなきゃ怒り狂って暴れまわるどこの誰だか分からない女を助けようとしねーだろ。」
「またまたぁ!毎晩好きに抱かせてあげるって言った時の海斗、恥ずかしがって可愛かったよ?」
「そ、そう言うフリをしただけだわ…!実際、凄かっただろ、俺のセックス♪」
「そうだっけぇ…?ンフッ」
「ハハハ」
お互い顔を見合わせて笑った。
「でも気持ち良かったよ、海斗のセックス♪終わった後、いつも幸せだった。」
「そ、そう??」
「アハッ、ほらまた照れた!海斗って全然変人じゃない♪」
「…、ぶっちゃけ、それは誰にも言うなよ??」
「うん♪」
ここまでまだ崖から落ちて5メートルの事であった。2人は会話ではなく意識で会話しているのかもしれない。ずっとこうして顔を合わせて会話したかった2人の気持ちが起こした奇跡、後に海斗はそう振り返った。