犬使いの少女-4
第2話 『承諾し難い快感』
思いもよらぬ興奮に包まれた昨夕からまる一日経ち、俺は例によって例のごとくいつものコンビニへと晩飯を買いに向かった。
俺の足取りが昨日の興奮に押されて自然に速度を上げてしまいそうになるが、全身の筋肉を総動員させてなんとかゆっくり歩くように調節する。
自分自身で見ることができないのでよくわからないが、
かなりぎくしゃくした歩き方になってるような気がした。
……昨日あんなことがあったんだし、今日は軽く挨拶ぐらいしたって全然普通のことだよな……
俺はそう思い立つと彼女への挨拶になんと言おうか考え始める。
……普通にこんにちは、いやこんばんはかな? そんな感じでいいかな……
俺は下を向いて歩きながら貧弱なボキャブラリーから最適な言葉を選び出すべく脳を酷使する。
……君のおかげですっかり良くなったよ……これはなんか厭味ととられるかもしれないな……
俺が挨拶の台詞を考えながら視線を落として歩いていると、前方すぐ近くに気配を感じて弾かれたように顔を上げる。
「……こんにちは。手、もう大丈夫?」
俺の足元近くにはチャオとかいう名の小型犬、そしてそのすぐ後ろには少女が立ち止まって俺の顔をじっと覗き込んでいた。
「あ、ああ、大丈夫。少し皮が剥けて血が出たってだけのことだから」
俺は突然の少女の登場に少し慌てて言葉を返した。
「……そうなんだ。良かった」
すると少女は相手をいたわる内容の割には随分そっけない調子の返事をしてきた。
これには正直ちょっと意外なものがあったが、まあまだ子供だからしょうがないかと思った俺はそんな感情を彼女に気づかせないように優しく言葉を継ぐ。
「うん、だからもう気にしなくても大丈夫」
「……うん……じゃあね、ばいばい」
少女は俺の言葉に安心したのか、軽く手を振りながら俺の後方へと歩きだした。
俺はそれだけ? とか思いつつもとりあえず二日続けて彼女と会話できたことに満足して胸のところで小さく手を振って立ち去ろうとする少女を見送った。
俺は少女が完全に背中を向けて去っていくのを見届けると、自分も背中を向けコンビニへと向かって歩き出した。
その直後に背後から迫ってくる者の気配を、今日の俺は敏感に察知した。
気配の主が俺の右側に走り寄ると、殺気を撒き散らしてぶらりと垂れていた俺の右腕に飛びかかる。
俺はとっさに右腕を振り上げて攻撃をかわした。
気配の主は攻撃目標を空振りしてしまい、そのまま俺の斜め前方に着地する。俺は気配の主の姿を視認した。
殺気をもって俺に飛びかかってきたのは……やっぱり少女が連れていた犬『チャオ』だった。
「チャオ!」
俺の後方から少女が慌てて駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
俺は少女の接近に、思わず再度飛びかからんとしている犬から目を離し、上半身をねじって少女が近づいてくる後ろの方を振り向いてしまった。
昨日の痛みを遥かに凌駕する物凄い激痛が走ったのはその直後のことだった。
「うっ……ぎっ……」
俺はあまりの激痛に叫び声も出せずにいた。
少女は目を丸くし小さな口を横に大きく開けてこちらに駆け寄る途中で立ち止まった。
彼女の犬は……俺の股間に噛みついていた。