私の居場所-2
釣りをしている時に良く見る崖だ。しかし実際にこの崖に立ち入った事はない。殆ど獣道状態の道を海斗は駆け上がる。海と言えば釣りにしか来た事がない海斗。海を見下ろす光景は見慣れない。崖を駆け上がるにつれ高い場所から見る海が少し怖く感じる。こんな高い所から海に飛び込んだ瀬奈の勇気は計り知れないものであった事に気づく。瀬奈が本気で人生の幕を閉じようとしていた事を思い知った。しかも再びその崖から飛び降りていようと、いや、飛び降りてしまったかも知れない瀬奈に、そんか勇気があるならこれから先に待ち受ける困難にも立ち向かえるだろうと叫んでやりたかった。その叫び声がまだ瀬奈に届く事を信じて海斗は崖を駆け上がる。
(もう直ぐだ…、もう直ぐ…!)
崖の上が視界に入る。崖の背後に広がる青空が恨めしい。まるで瀬奈の不安や憂鬱が全て解決したかのような快晴に、海斗は胸が締め付けられるような苦しみを感じた。足が重い。もうすぐ頂上だと言うのに、はやる気持ちとは裏腹に、まるで足に重りがついているかのようにスピードが上がらない。最後は太腿を手で掴みながら必死で頂上を目指す。
「ハァハァ、ハァハァ…」
歯を食い縛り上へ上へと足を前に出す海斗。そしてようやく崖を駆け登った。海斗は腰を曲げ足に手をつき激しく息を切らしていた。
そんな海斗の耳に、海風に運ばれて来た声が届いたような気がした。
「海斗…」
海斗の胸が激しく鼓動する。すぐに顔を上げる海斗。海斗の瞳に白いワンピースを風に靡かせ、崖の先端に立ち、振り向く瀬奈の姿が映った。
「瀬奈ぁぁぁ…!」
逆風を跳ね返すが如く、海斗は叫んだ。
「会いたくなかった…。でも…会いたかった…」
瀬奈の顔は、まるで冷凍庫の中に閉じ込められていたかのように蒼白していた。幽霊を見ているようだ。正気がないと言うよりも衰弱しているように見て取れた。
「瀬奈が帰る場所は…俺のところだろう…!?」
その言葉を聞いた瀬奈は切ない笑みを見せた。
「帰りたかった…。海斗の元に…」
「もしかして…一晩ここにいたのか…?」
瀬奈はコクンと頷いた。季節は5月とは言え夜はまだまだ冷える。そんな中、薄着で一晩、海風にさらされながらずっと崖の上にいただなんて…、海斗は絶句した。
「家で暖まろうぜ…。初めて会った時みたいに風呂に入って落ち着こうぜ!?風邪引いちまうよ、瀬奈…」
海斗は鉛のように重い足を前に踏み出す。
「来ないで!!」
来れば飛び降りる…、言わずともそんな雰囲気を醸し出していた瀬奈。海斗の足がそのまま止まるのであった。