娘の提案-1
花梨が、いつになく真剣な顔をしてきたのは、去年の11月のことだ。
「ねえ、お父ちゃん」
いつものように二人で向かい合って晩飯を食っているときに、あいつがいきなり身を乗り出してきた。
「な、なに?」
いつもは天然スチャラカ娘だが、その花梨が真剣な眼差しで見つめてくるから、良くないことでも起こったのかと最初は不安になった。
「トラックって、運転しながらエッチできるかなぁ?」
マジでメシ噴いたわ!
「な、なに言ってんのお前?」
「ほら、これからお父ちゃんも忙しくなるじゃない?」
確かに。流通業界はこれから迎える12月がチョー繁忙期だ。
一年で一番忙しくて、年が明けるまで家に帰れないことだってある。
「だからさあ、ウチも一緒にトラックに乗って、お父ちゃんを手伝ってあげようかなあって…」
その貧弱な体でか?
「手伝うって…何を?」
「お父ちゃん、忙しいときは死ぬほど眠くなって、ほんとに死ぬかもってこぼしてたじゃん。だから、眠くならないようにしてあげようかなあって思ったの」
「どうやって?」
「運転中にエッチできたら眠くならないじゃん」
もう…、お父ちゃんは開いた口が塞がんなかったよ。
「はあ!? アホかお前。貴重な休憩時間をエッチに使ってたら、それこそ寝不足で死んじまうだろ」
「だから違うよ。”運転中”にエッチするの。休憩とは別にね」
意味わかんねえよ!
「運転中にエッチなんて、そんなことできるわけ…」
と、そこまで言ったときに、ふと、できっかも? なんて考えてしまった。
トラックのドライバー席は意外と広くて、そこそこ余裕があるように作られている。
ドライバーの負担を軽減するためにシートもいいのを使っていて、座り心地は非常に快適だ。
それにリクライニングシートは、ほかのクルマなんかよりもずっと深く倒れて、体を割り込ませるスペースも大きい。
花梨は小柄で細いし、俺の膝の上に乗せて、座席を下げればハンドルだって邪魔にならないし、背が低いから視界だって塞がないし、それに…、なんてなことをそこまで考えてから、慌てて打ち消した。
「ダメだ、ダメだ! そんなことしたら、危ねえだろ」
危険運転極まりない。
しかし、この娘はとっくに俺の腹の中なんて見抜いてんだよな。
「今、できるかもって思ったでしょ?」
まあ、ズルい顔をしてたこと。
「学校はどうすんだよ?」
言い逃れしようのない正論をぶつけてみたら
「わたし…、クリスマスも、年越しも、お正月にさえ、お父さんがいないなんて嫌だよ! そんなの寂しすぎて…花梨死んじゃうよ!」
だって。
瞳に涙までにじませて、まあ、白々しく顔で演技してたわな。
お前、日頃は自分のことを”ウチ”って言ってるよな?…。
”わたし”なんて、初めて聞いたぞ…。
寂しすぎて花梨死んじゃうぅ、だとぉ…。
可愛い娘の泣き出しそうな顔に、勝てる父親なんているわけないんだよ…。
「せ、成績下げるんじゃねえぞ…」
「いいの!?」
ほんとに嬉しそうな顔してたっけ。
「じゃあさ、ご飯食べたら早速試してみよっか!?」
はあ?
「試すって、何を?」
「決まってるじゃない。トラック運転しながら、エッチできるかどうかよ」
「で、できるかどうかって…、今から試すのかよ!?」
「当たり前でしょ。ほら、さっさとご飯食べちゃって」
乗り気の花梨に急かされて、その後は、食ったメシの味もよくわからんかったわ。