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親族でもなければ、1周忌の法要には顔を出すこともないだろう。だが、俺も含めて職場の奴らは誰一人愚痴や私語もせずにテキパキと普段の倍の速度で仕事を終わらせ、平日にも関わらず喪服に着替えて宅を訪問し、線香をあげ、手を合わせ、花を手向けた。それほどまでに木崎という男は皆から慕われていたのだ。俺とは真逆の男だった。
課長やその取り巻きは木崎の妻、奈央へ木崎という男の素晴らしさについて延々と大げさに語った。奈央は作り笑いを浮かべ、茶も出さずに相槌を打った。
自分たちの賛辞に涙すら流さない彼女の様子にさすがの連中も何かを察したのか、1時間もせずに帰る準備を始めた。
「瀬戸、おい。いつまでも座ってんじゃねえよ。奥さん困ってるだろうが」
自分たちが遺影の前を陣取っていた事など棚に上げ、ようやく礼拝をあげようとした俺を小馬鹿にしながら連中は急かした。
「こんな時くらいちゃんとしろよ」
「お前、さんざん助けてもらった木崎の法要だぞ」
大した言い草だ。仕事に誠実で気の良いあいつを都合のいいように使いまわして倒れさせた奴らが偉そうに。
俺は特に表情も変えずに立ち上がり、奈央に会釈をして木崎の家を出た。
他の連中は課長に言われるがままに駅前の居酒屋へ流れていった。後姿がカルガモの親子のようで滑稽だった。あんな奴らに木崎は使われ、妻を置いて生涯を終えたのか。
俺一人がカルガモの行列から消えても誰も気付かないだろうし、気付いても何とも思わないだろう。むしろ俺がいないことで奴らはストレス発散に俺の悪口を肴に盛り上がるのだ。いないに越したことはない。
俺は連中の姿が見えなくなるのも待たず、踵を返して木崎の自宅に戻った。
玄関前でインターホンを押すと、モニターで俺の姿を確認した奈央は返事もせず鍵を開けた。
「…どうも」
「今日はわざわざ来て下さって…ありがとうございました」
「いや…とんでもない」
どこまでも他人行儀で接しようとする女だ。お互いの身体の隅から隅まで知っている間柄なのに。
「なあ瀬戸、俺の嫁さん抱いてみたいと思わないか?」
木崎が突拍子もないことを言い出したのは、彼が28で主任になった時だった。
俺と同期の木崎は人当たりが良く、仕事のできる男だった。
課長からの無茶な要求にも笑顔で答え、仕事を結婚相手探し程度にしか考えてない女子社員の手助けも率先して行い、誰からも好かれ、異例の速さで出世した。
一方の俺は仕事ができないわけではなかったが、愛想を振りまくのが苦手な上、他人の面倒事を請け負わない性格だったため、使えない奴と揶揄されるようになった。
二人の立場に差ができてからも、木崎は何かと俺を気にかけ、いつも通りに接してくれた。真逆の立場だったろうに、
「お前といると気を遣わなくていいから楽なんだよ」
と言い、俺の味方でいてくれた。
そんな男から自分の嫁を抱いてみたいかなどと言う言葉が出たときには、さすがの俺も思わず動揺してグラスをひっくり返した。
何を言ってるんだ、その言葉すら出せなかった俺に木崎は続けて言った。
「この話をしたくて今日は個室の店を選んだんだよ」
人当たりが良く、皆を湧かせるために冗談を言う男だったが、嘘を言うことは絶対になかった。
「本気なのか?」
木崎は頷きながら携帯で俺にデータを送り、俺はそれを開いた。
「…マジか」
何度か彼の自宅にお邪魔し、一緒に酒を飲んだ時に顔を合わせた女のハメ撮りを見ることになるとは思ってもみなかった。
奈央は動画の中で目隠しをされ、両手を手錠で拘束され、激しいピストンに喘いでいた。
「相手は誰なんだ?」
「俺だよ」
夫婦でのハメ撮りを他人に見せるなんて、恥ずかしくないのか。
そんなことを言ったと思う。
「瀬戸、お前だから頼めることなんだ」
そう言うと、再び動画を俺に送った。
『あっあああっ…また撮ってるの?んっあああっあっあっあっ』
『ほら、こないだ言ったこと、もう一回ちゃんと言え』
『あっあああっ奈央は…ああんっ本当は他人棒に犯されたい願望が…あぁっあります…んんんっ目隠しされて浩司さんから責められるたびに…あっ…知らない男性に犯される想像をしてしまうんです…』
結合部をアップで映されているとも知らず、奈央は喘ぎながら答えた。
『この動画がもし俺の職場の誰かに渡って、これをネタに脅されて犯されるとしたら誰がいい?』
『あっあっあっあっそれ言わなきゃダメなの…んっあああっ』
『駄目だ』
『ああっ…変態…ああっ瀬戸さん…瀬戸さんがいいっああああっ』