普通の生活-1
瀬奈の体は中々治らなかった。しかし徐々に回復には向かっている。今、ギプスも取れ始めリハビリ中だ。美香が付きっきりで瀬奈のサポートをしている。
「もう少しの辛抱ねぇ。後遺症が残らなくてよかったわ、ホント。」
「丈夫な体に産んでくれたお父さんとお母さんのおかげかな。あんな高い崖から飛び降りても、電車から飛び降りても生きてるんだからね。」
瀬奈は康平や美香に失踪してから海斗に世話になり、そして戻ったまでの経緯を話した。康平にしつこく聞かれたせいもあるが、やはりここはきちんと話しておくべきだと考えたからだ。途中悲しくなったり、浮気の事を話した時、体に慟哭が走りそうになりながらも耐えて最後まできちんと話せた。康平ほよく話してくれたなと褒めてくれた。頭を撫でられ、私は小学生の子供じゃないんだからね、と膨れて見せた。
夜には康平もやって来た。
「あいつ、なかなか離婚届けにハンコを押さないんだよな。ふざけやがって!」
有樹に離婚届けを突きつけたが、未だハンコを押して戻して来ない。まだ康平の事務所には所属しているが、殆ど顔を見せていない。康平も除籍にしてしまうのは簡単だが、罪の意識を植え付ける為にも敢えて除籍にはしていなかった。
「結局あいつが欲しいのは俺の力だ。将来自分が議員になる為に瀬奈と結婚…」
そう言った康平の言葉を遮る美香。
「お父さん!」
「あ…、わ、悪い…」
瀬奈に謝る。
「別にいいよ、もう。私はあの人の妻で愛していたから浮気とかされて暴れちゃったけど、もう愛していない以上、全然気持ちが乱れる事はないし。ホント、もうどうでもいい。」
穏やかな表情の瀬奈を康平が揶揄う。
「じゃあ海斗君が今頃他の女とイチャイチャしてたらどうする??」
「海斗が…?…別に…??」
言葉とは裏腹に明らかに瀬奈の表情が豹変し、焦る康平。
「わ、悪かった!瀬奈!冗談だよ、冗談!!」
慌てて宥める康平。
「お父さん、今のヤバかったからね…?病気が出るとこだったよ?」
「わ、悪かった…」
恐縮しきりの康平。嘘でも何でもなく、本当に発狂する寸前であった。しかしそんな素直な自分の気持ちをストレートに言えるようになり、瀬奈には自制心が生まれたようだ。少しずつ気持ちをコントロール出来るようになったのは、一人で悩んで塞ぎ込まなくなったからであろう。そう言う環境を康平や美香は作ろうといつも努力していた。
「好きなんだな、海斗君が。」
「うん。大好き♪」
いい表情をしている娘に康平と美香の心は和むのであった。