普通の生活-2
「体が治ったら、何をしたい?」
康平が聞いた。瀬奈は、うーん…、と考えて答える。
「釣り、かな♪」
「釣り??」
まさか瀬奈から釣りと言う言葉が出るとは思わなかったが、海斗が無類の釣り好きだと言う話は聞いていた為、彼の影響かと思った。
「じゃあ道具買いにいかなきゃな。」
康平は釣りなどした事がなく、道具を一つも持ってはいなかったし、何をどうすればいいかもさっぱり分からない。取り敢えず竿とリールと糸と餌さえあればなんとかなるだろう、そう思った。
「何かいい思いでもあったのか?」
「何かあったって言うより、何にもなかったから凄く気持ち良かったのかな。」
「ん?どう言う事??」
「何回か海斗と釣りに行ったけど、一回だけ何も釣れなくて。天気も良くて普通だったらいっぱいつれてもおかしくない天候だったんだけど、全然釣れなくてさ。竿をおいてひたすら釣れるのを待ってたんだけど、気持ちがいい青空と暖かい日差し、海風も気持ち良くて、そんな中でのんびりすると嫌な事とかみんな忘れられてさー。釣れたら釣れたで慌ただしくなるんだろうけど、釣れなくてずーっとボーってしながら過ごした1日が何か忘れられないの。隣にはあまりに釣れなくてクチを尖らしてブツブツ言ってる海斗がいて、彼のそんな横顔を見てるとおかしくてさ。お弁当食べながらも釣れない言い訳をあれこれ言ってて子供みたいで。でも最後に小さい小さい魚が釣れて大喜びして興奮しちゃって。その時思ったの。喜びって大きなものでなくても、小さな小さなものでもこんなに嬉しい物なんだって。私は小さな喜びを手を握り合いながら思い切り喜べるような人と歩む人生を送りたいって。」
その日を思い浮かべながら幸せそうにそう話した瀬奈を見て2人は和む。
「私ね、お父さんが自分の後継者として育てていた直人が立派な議員になるよう頑張るのがお父さんやお母さんへの恩返しだと思ってた…。だから少しぐらい自分を犠牲にしてもそれはしょうがない事だと思ったし、それも人生なんだって思ってた。でも…壊れちゃった。」
「瀬奈…」
「ごめんね?」
「どうして瀬奈が謝るんだ!瀬奈は悪くない。悪いのは私たちの方だ。議員の妻になる事がお前の幸せになると、勝手におしつけがましい幸せを与えようとしてお前の苦しみに気づいてやれなかった。瀬奈は壊れてない。疲れただけなんだ。お前の幸せはお前が掴むものだった。私が与えるものではなかったんだ。それに気付くまで随分時間がかかってしまったが、今はそう思ってる。だから瀬奈が海斗君と一緒になりたいなら、私達はそれがいいと思ってる。彼なら瀬奈を幸せにしてくれるだろう。私達より全然瀬奈のことを考えてくれていた。もう誰も邪魔しない。だから早く体を治して海斗君に会いに行きなさい。」
瀬奈は何故か満面ではないが、満面に近い笑顔で言った。
「うん。」
と。そして窓の外の青空をじっと見つめていた。