なぜ…-8
瀬奈は夢を見ていた。
雲一つない空の下、海で海斗と釣りをしている。何も釣れない。時間だけが過ぎていく。しかし不思議と瀬奈は幸せであった。何故なら隣には海斗がいるから…。
瀬奈は魚が釣れなくてイライラする海斗の横顔を見つめて微笑んでいる。ホント、子供みたいなんだから♪、瀬奈は口を尖らせアタリを待つ海斗を見つめていた。
「海斗は、私と魚、どっちが好きなの?」
あまり自分を見てくれない事に不満を持った瀬奈が聞く。すると海斗はメンドクサそうに答えた。
「瀬奈…かな。へへへ。」
少し照れながらそう答えた海斗の腕に抱き着く瀬奈。海風がとても気持ちいい。瀬奈は海斗と一緒にいつまでも動かないウキを仲良く見つめていた。抜けるような青い空が永遠の愛を感じさせてくれた。
(あれ…寝ちゃった…)
あまりに気持ちよく、寝てしまったようだ。
(あん、何か変な体勢で寝ちゃったから体中が痛い…)
体中のあちこちに痛みを感じる。そしてふと目を開けると隣に海斗の姿はなかった。慌てて周りを見渡すが海斗の姿がどこにもない。瀬奈は急に不安になり立ち上がろうとするもあまりの激痛で体が動かない。瀬奈は迷子になった子供のような不安そうな声で海斗の名前を叫んだ。
海斗ぉ…、海斗ぉ、海斗ぉ!!
と。
… … …
ゆっくりと目を開けていく瀬奈。視界がぼやけてはっきりと見えないが、どうやら白っぽい囲まれた場所にいるようだ。次第に目の焦点が合って行く。どうやら自分が見ているのは天井だと言う事に気付く。
「瀬奈!瀬奈!瀬奈!」
誰かが自分の名前を大声で叫んでいるのが聞こえた。まだ頭がポーっとしている瀬奈。
(うるさいなぁ…)
そう思いながら、誰かが自分の顔を上から覗いている事に気付く。その顔は見覚えのある顔であった。その顔を見た瀬奈の心は安らいだ。世の中できっと最後まで味方でいてくれるであろう自分の両親であったからだ。
「お父さん、お母さん、どうしたの…?」
何故泣いているのか分からなかった。小さな頃から両親を泣かせた事はなかったつもりだ。もしかして自分が親を泣かす程、何か悪い事をしでかしてしまったのかと不安になった。
「どうして…泣いてるの…?」
そう言って起き上がろうとした瞬間、少しだけ力を入れた瀬奈だったが、身を切り裂くような激痛が全身に駆けめぐった。
「痛っ…!!」
康平と美香が慌てて体をそっと押さえながら言った。
「動いちゃダメだ!安静にしてなさい!」
何で?と思ったが、自分の姿が普通ではない事に気付く。顔に感じる違和感は目と耳と鼻と口を避けるように何かが巻かれている。体中にもだ。目を動かし体を確認すると、それが包帯である事が分かった。まるでミイラのように全身に包帯が巻かれている。瀬奈は何故自分がこんな状態なのか、ようやく思い出す。
(あ、私、電車から飛び降りたんだった…)
空を飛び、海斗と釣りをする夢からようやく意識が切り離され、現実が見えて来た。
(確かに両親を泣かせるような事、しちゃったかな…)
包帯が巻かれた顔の中、全身に激痛を感じながらも瀬奈はフッと笑った。その笑みは希望ではなく絶望から来るものであった。
私はどうあがこうと、新藤瀬奈からは逃げられないんだな…、そんな、希望を失った絶望の微笑なのであった。激痛さえも他人のものと思える程の絶望を瀬奈は感じていた。