なぜ…-15
「生意気な事を言ってるとも思わない。失礼なことを言っているつもりもない。謝る気もない。俺は間違った事を言ってはいない。瀬奈さんも間違った事は一切していない。あなた達が作る環境は瀬奈さんにとって最悪だ。間違いなくあなた達に責任がある。なぁ、どうして瀬奈があんなミイラみたいにならなきゃいけないんだ?どうして崖から飛び降りたり、電車から飛び降りたりしなきゃいけないんだ?なぁ、教えてくれよ。」
「…申し訳…ない…」
「瀬奈さんからあの屈託のない素晴らしい笑顔を奪わないでくれよ…。なぁ?頼むよ…、なぁ…?」
海斗は康平の腕を掴み体を揺らしながら頬に涙を伝わせた。康平には海斗の涙が眩しすぎて見ていられなかった。
「申し訳ない…、すまなかった…」
海斗は康平の腕から手を離し背中を向けて言った。
「謝るなら娘さんに謝ってくれ…」
海斗はそう言ってラウンジを出て行った。
「失格だ…、親失格だ…」
もはや有樹を恨む気持ちも失せてしまった。有樹を怒る資格は自分にはない、そう思えて来た。海斗は大きかった。海斗の瀬奈を思う気持ちに魂を揺らされた。自分はあそこまで他人の事を思える自信もなければ崖から飛び降りる勇気もない小さな小さな人間に思えて来た。康平は集中治療室に戻り瀬奈と顔を合わせられる勇気がなかった。
「ごめんな、瀬奈。ごめんな…。ごめんな…」
康平の涙は止まらなかった。遠くから来た変人に、濁った目の鱗を剥がされるように、涙はずっと流れ続けたのであった。
そんな康平の耳に、何やら廊下の方で誰かが争うような声が聞こえて来た。涙を拭き廊下に飛び出してみると、そこには有樹がいた。有樹と海斗が揉め、看護師が止めに入っていた。
「てめーが瀬奈の旦那か!!」
「だ、誰だテメーは!!」
「俺は茨城のただの釣りキチだ!!この野郎!!」
海斗は掴み合いの後、事もあろうか有樹の股間を右手で思い切り握った。
「ギャー!!」
断末魔のような悲鳴を上げる有樹。看護婦もあたふたしている。
「い、痛てぇ!は、放せ!!」
「放すか!?握り潰してやる!安心しろ!潰れても看護婦さんがオペしてくれっからよ!」
「な、何で私が!?」
「あんたチンコ好きそうな顔してっから大丈夫だろ!?」
「なっ!誰が好きそうな顔してんのよっ!!」
「どーせ患者の下の世話いっぱいしてんだろ!?チュパチュパッてよ!俺にもしてくれ♪」
「し、しないわよ!な、何なのこの人!セクハラよ、セクハラ!」
「るせー!セクハラってのはこーゆー事を言うんだ!おりゃ!」
海斗は事もあろうか看護婦の胸をムギュッと掴んだ。
「きゃー!!」
看護婦は取り乱しながら海斗の手を振り払い後退りして逃走する。
「変態!!」
「俺は変態じゃなくて変人だ!」
「知らないわよ!!医院長に報告しますからね!!」
「るせぇ!このヤリマンが!!」
「だ、誰がヤリマンよ!!」
看護婦と喧嘩しながらも有樹の股間を握り潰す勢いの海斗。
「どーでもいいからいい加減手を放せ!」
「あ??テメー偉そうに命令出来る立場か!?うら!潰すぞ!?うら!」
「アググッ!!ふ、ふざけんな…」
「うりゃ!」
「ギャー!うグッ!うグッ!も、もう許して…下さい…」
口から泡を吹く寸前だ。頭がクラクラしてきた。
「テメー!もう瀬奈には近づくなよな!?」
「何でお前にそんな事…!」
「ち・か・づ・く・な。」
「あうぅぅ…!は、はい…わかり…ました…」
有樹が白目を剥いた。
「よーし。」
海斗が手を離した瞬間、白目を剥いて泡を吐き床に倒れた有樹。海斗はそんな有樹に向かって言った。
「勝負ならいつでも受けてやるぜ?釣りでな!ガハハ!!」
廊下に海斗の高笑いが響いた後、看護婦が呼んできた医院長にこっぴどく怒られる声が響いた。有樹はそのまま治療室に運ばれた。
「オッパイ掴んだりヤリマンとか言ってごめんなさいっっ!」
医院長に叱られ看護婦に謝る海斗の姿に野次馬が集まり好奇の視線を向けていたのであった。
(やっぱり馬鹿だねー、海斗は♪)
煩くて眠れないよ、そう思いながら瀬奈は再び眠りについたのであった。