和州記 -蜂蜜ノ味--2
頭部にかかった甘い匂いのするそれを救い上げ、彼女は舐めてみる。
「…蜜か?」
「蜂蜜や」
いつの間にか彼女の背後にいた一紺が言った。
彼女は一紺を非難するように睨み付ける。
「そんなに怒んなや〜…」
「蜂蜜、ってことは…いくら弁償しなきゃならないんだ?」
竜胆は頭から蜜を滴らせて顔を顰めた。
蜂蜜、それは庶民は滅多に口に出来ないものの一つである。
と言うのも和州将軍様のお膝下である和都がこれを専売にしているからで。
二人にはおよそ手の届かない代物だ。
「弁償なんて…相手様に届けたらとんずらしてまえ!」
「そう言うわけにはいかないだろ」
彼の提案を一蹴し、竜胆は溜息をついた。
また暫くは野宿生活が続くのか…そう思うと更に大きな溜息が出てしまう。
「とにかく風呂入って来るからな」
竜胆が言って、壷を桐箱の中にしまった。
べとべとになった身体を洗い流すべく風呂へ向かおうとする竜胆を、しかし腕を掴んで一紺が引き止める。
「おい…」
一紺は竜胆を抱き寄せる。
腕の中に彼女を抱き、彼は蜂蜜が流れているその首筋をいきなり舐めた。
「あんッ」
不意打ちに、竜胆が思わず大きな声を上げる。
一紺は意地悪くにやりと笑った。
「…さては暫くしとらんから、疼いてた?」
「ッ」
実は図星を突かれ、竜胆は顔を赤らめる。
「したいならしたい言うてくれれば幾らでも突っ込んだるさかいに」
身も蓋もない言い方に、竜胆は眉根を寄せて一紺を見据える。
そんな視線など、一紺は気にしない。
どこか嬉しげに、彼は竜胆の胸元を寛げさせた。
「…何がやりたいのか、分かった気がする」
竜胆の言葉に、一紺は頷く。
「だってな、蜂蜜なんて滅多に食えるもんやないで?」
つまり、風呂に入って蜂蜜を流してしまう前に、出来るだけ味わっておこうと言うことだ。
「せめてお前に付いたもんだけでも、な」
一紺は言うと首筋から胸元を舐めた。
「はぁ…んッ、ふ…ッ」
「甘…」
甘い匂いが、妙に官能を刺激する。
一紺は、竜胆と瞳を合わせるとゆっくりと唇を重ねた。
蜂蜜を舐めたその唇での口付けは、限りなく甘く、まるで脳髄が溶けるような感覚に囚われる。
蜂蜜と二人の唾液とが混ざり合う音は、異様なまでに淫靡だ。
ねっとりと舌を絡め、歯を舐め、普段よりも激しいその口付けに二人の興奮も高まる。
「ふ…んッ、はむ…」
名残惜しそうに一紺は唇を離し、竜胆の着物の帯をゆっくりと解く。
「あ…ッ」
着物を脱がせ、一紺は壁に竜胆の身体を追い詰め、手首を掴んで壁に押し付ける。
一紺は唇を竜胆の額に落とした。
そしてそれを徐々に降下させて行く。
竜胆の肌と共に甘い蜂蜜を味わう一紺は、濡れた口元をぺろりと舐めた。
「甘いの舐め続けてると結構しんどいわ」
「舌がだるくなるだろ」
竜胆は笑って言った。
「水でも飲んで来るか?」
「そんな暇あるなら…」
一紺は竜胆に口付けた。竜胆の口の中に、甘い蜂蜜の味が広がる。
一紺は竜胆の唾液を貪るように、舌を絡ませる。
ごくん、と彼女の唾液を嚥下して一紺は笑った。
「お前の飲むわ」
「…馬鹿」
再び自分の頬から首筋を伝う唇の感覚に、竜胆は小さく反応しながら言った。