日常Breaker2-1
「サミュエル・スラッシャー!!」
幾島家の台所から、そんな叫び声が聞こえる。幾島泰久に拾われた、ウェディングドレスを纏った記憶喪失のタフガイことサミュエル滝野の叫びだ。大根を大雑把にザクザクと輪切りにする。…手刀で。
隣のリビングでは、神の定めし運命に翻弄される(筆者の後付けの設定に振り回される)主人公、幾島泰久がため息をついた。
「大丈夫かよ」
彼を拾って家に帰った直後、サミュエル滝野は、自分に食事の準備をさせてほしいと願い出た。これから厄介になるからには、自分も何かしなければいけないから。そんなことを言って台所へと入って行った。
「確か、冷蔵庫の中には何もなかったと思ったけど」
約十分前に、神の力により誕生したインスタント・シスターの幾島華奈は、そう呟く。
「でも、最悪の場合は出前を取れば。それに、卵でとじちゃえば、基本的に何でも食べられますし」
泰久の彼女の皆川沙耶は、ちょっと物騒な発言をする。
「沙耶は料理に失敗したら、いつも卵とじにしちゃうからね。この前は焦げたアップルパイを卵でとじてたし」
「ハハハハハハ…忘れてください」
「っていうか、卵とじ以外の沙耶の料理を食べたことないけど」
「言わないでください!」
「沙耶さん、独創的…」
華奈が苦笑いを浮かべた時、ついにサミュエルの料理が完成した。
「出来ましたよ〜」
純白のウェディングドレスの袖を捲り上げており、たくましい剛腕がのぞいている。
「どうぞ」
サミュエルは、大皿に料理を盛り付けてリビングへと運んできた。
「大根の輪切りサミュエル風です」
「ピザと寿司、どっちがいい?」
泰久が携帯を取り出し、華奈と沙耶にピザ屋と寿司屋のチラシを見せる。
「ま、まあ、先輩…」
「サミュエルさんに失礼だよ」
泰久を、二人が制止する。
「さあ、遠慮なさらずに」
サミュエルは無邪気な笑みを浮かべた。こんな笑顔を見せられては、食わないだの不味いだのとは言いづらい。
どこにサミュエル風と言う個性が生かされているのか?普通に切られた普通の大根は、普通の皿に盛り付けられてテーブルに鎮座している。
泰久は、サミュエルの無邪気な視線に観念して箸を手にした。美味くはないだろうが、手を加えてないなら死ぬほど不味くもないだろう。
「沙耶、華奈。せ〜ので、一緒に食べよう」
「ごめんなさい、先輩。実は、私は大根アレルギーなんで無理です」
「ごめんなさい、お兄ちゃん。実は、私も大根アレルギーだから無理なの」
「汚ねぇー!明らかに嘘じゃねえか」
「実は、自分も大根アレルギーで…」
「お前もか!サミュエル!」
結局、味方の裏切りにあった泰久が大根を食べることになった。輪切りにしただけで、火すら通してない大根には箸も通用しない。手掴みで、まずは一切れ口にする。
ガリッと豪快な音ともに、大根がかじられた。
「どうですか?味の方は」
サミュエルが尋ねる。
「大根」
泰久はボリボリと歯を動かしながら、一言で答えた。
「切っただけの生の大根だし、他に表現のしようがないよ」
確かにそうだろう。
「よし、私に任せてください!この大根を、なんとか食べられるようにしてみせます」
沙耶が、盛り付けられた大皿を手にした。
「沙耶、無理しなくていいよ?料理苦手なんだし」
「いえ、先輩の彼女として、今日こそ卵とじじゃない料理を披露します」
グッと拳を握りしめ、ヤル気満々で、そう宣言した。ここで上手に料理が出来れば、彼女としての好感度が大幅アップである。