智美の思惑、春奈の思惑-2
「そ、そんなんじゃないのよ!」
「そんなに照れなくていいじゃない。久し振りに優しくされたから嬉しいんでしょ」
まさか、娘からそんなことを言い出すとは思わなかった。
「な、なにを言い出すのよ!」
「へっ?なにって、昨日、具合が悪そうだったから、お父さんに優しく介抱されてたじゃない」
「ん?」
なんのこと?智美はキョトンとした。
「ほら、2階に上がるとき、一緒に付き添われて。あんなにお母さんに寄り添ってるお父さんて、あまり見たことなかったもんね」
へっ?そのこと?力の抜けた智美の股間から手が離れた。
「そ、そうなのよ。実はお父さんにやらしく、じゃなかった、や、優しくされて嬉しかったのよ。あたし、そんなに嬉しそうにしてた?」
「してたよぉ。でも、親が仲良くしてる姿を見ると子供は安心だよ」
友達の中には、毎晩親がケンカする家もあるし、それこそ親が離婚している者もいる。少し前から、なんとなく母親の機嫌が悪かったため、久し振りに仲のいい両親の姿を見られた彩花も嬉しかったのだ。
「でも、あまりイチャイチャされたら、それはそれで鬱陶しいから程ほどにね」
その言葉に深い意味などなかったが、智美は改めてギクリとした。
「な、なに言ってるの。早く支度しなさい」
散々やらかした昨日の痴態のことを言われたような気がして、智美の声は内心を誤魔化すために大きくなった。
「はいはい、わかってるって」
それが母親の照れの裏返しだと思った彩花は、適当にあしらった。
その後の智美は、極力生真面目な表情を崩さないように努力して、彩花を学校へと送り出した。
「ふう…」
彩花の朝食の片付けを終えた智美は、ようやく緊張から解放されたように、窓の外に視線を向けて息を吐いた。
そして、この物語は冒頭のシーンへと繋がるのだった。
久し振りの好天だった。専業主婦としては、昨晩、たっぷりと汗を吸った布団が気になるところだ。布団を干そうと寝室に上がると、寝ていたはずの亨の不審な行動が目に付いたのだ。風水的に閉めっぱなしの西窓の雨戸を開けて、隣家の春奈が洗濯物を干しているのを覗いていたのだ。
「やだ、もしかして下着を干すとこ見てたの!」
「わっ!バカ!声が大きい!」
慌てて制したが遅かった。声に気づいた春奈が下から見上げ、その瞬間に運命的な風の悪戯が重なりレースカーテンを捲り上げたのだ。2人は隠れる間もなく春奈と視線が合ってしまった。
「あら、智ちゃん、おはよう。亨さんもおはようございます」
春奈は手を振りながら満面な笑みを浮かべた。その表情には充実感が滲み出ていた。
「おはよう。春ちゃん」
突然のことに動きの止まった亨とは違い、こんな時に女は動じないものだ。亨が口ごもる横でレースカーテンを引いた智美は、春奈ににこやかに手を振り返した。
「どうしたの?普段開けない西窓を開けて?あれ〜、もしかして、久し振りに寝室の空気が淀んだから入れ替えてるのかしらぁ?」
春奈は意味深な笑みを浮かべた。
「やだ!変なこと言わないでよ!」
智美は瞬時に真っ赤になった。
「うふふ、智ちゃんたら、わかりやす〜い」
「そ、そんなんじゃないっての!」
ムキになった智美のあしらい方は、春奈にはもうお手の物だ。