月虹に谺す声・第二章〜摩天楼に唄う小鳥〜-9
「へへへ…。所詮は獣だな。四つ足だと後ろにも下がれねぇ…」
ツクヨミはそう言って自嘲気味に笑った。割れた額の傷からは血が眼に流れ込み視界を奪っている。
「喧嘩はもう止めだ。早く小鳥の処へ帰ろう…」
月郎はそう言って舌で血を拭ってやるが、もう目は見えていないようだった。虚ろな目で空を見つめ、首を横に振るツクヨミ。
「頭の中が崩れたプリンみたいになっちまってやがる。いくら眷属でももう駄目だぜ」
「駄目な事なんかあるもんか。あなたが帰らなきゃ小鳥はどうなるんだ?小鳥の元へ戻って、二人で幸せに暮らしたら良いだろう」
浅い呼吸をせわしなく繰り返すツクヨミ。時折激しく咳き込み、唾液と共に赤く濁った血が吐き出された。
「幸せ?ああ、幸せ?言っただろ、小鳥をあんなにしちまったのは俺なんだ。俺は幸せになれねぇ。その資格が無ぇんだ。あいつと一緒に居ると、いつも頭の芯がズキズキと痛みやがる。俺にはそんな資格が無いって責めやがるんだ…」
ツクヨミの死を間際にした悲しみが月郎の心の中に流れ込んでくる。それは新たな傷を刻みつける物だったが同胞が生きた証でもあった。奥歯を噛み締め、流れ込むツクヨミの意識に心を集中させる月郎。
「幸せになるのに、資格なんて要らないだろう?」
ふと、そんな言葉が月郎の口をついて出たが、ツクヨミの耳には既に届いてはいなかった。
「ああぁ、…畜生!小鳥の歌が聴こえねぇや。何だってこんな処まで来ちまったんだろ
う?ああ、小鳥の歌が聴こえねぇ…」
終。