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月虹に谺す声
【ホラー その他小説】

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月虹に谺す声・第二章〜摩天楼に唄う小鳥〜-8

「早く逃げるんだ!」
 銀色の狼が叫ぶ。
「お、狼が喋ったぁ?」
 月郎の焦りを他所に、男は混乱した様子で動こうとはしなかった。そこへ猛り狂ったツクヨミが怒号を上げて襲い掛かってきた。
「このくそガキがぁあ!」
 呆然としていた男は怪物の咆哮にようやく我を取り戻し、慌てふためいてその場を逃げ出した。
 月郎は背後の男の気配を気にしながらも油断なくツクヨミを注視する。
 そこへ巨躯を躍らせてツクヨミが飛び掛ってきた。しかし月郎の動きは素早く、突進してくる怪物を銀色の獣はしなやかな身のこなしでするりと躱す。
「やめるんだ。僕はあなたと戦う気は無い」
 攻撃を躱され、空を掴んで地面に転がるツクヨミ。
「うるせい!御託はもう沢山だ!!」
 ツクヨミは吠えるとその姿を完全な狼へと変じた。月郎よりも大きい赤茶色の凶暴な狼は涎を滴らせながら月郎に牙を剥く。
 しかし、月郎は襲い掛かるツクヨミを難なくさばき、ツクヨミの牙をまるで寄せ付けない。
「ふん。お前に戦う気が無いならそれでも構わない。俺はさっきの男の臭いを追うだけだ」
 そう言うとツクヨミは背を向けて走り出した。月郎は慌てて追いすがろうとするがさすがに間に合わない。
 二匹の狼は夜の街を矢の様に駆けだした。
「莫迦な事はやめて小鳥の所へ戻るんだ。人と交わるのが嫌なら、誰も来ない場所で小鳥と二人で幸せに暮らせばいいだろう!」
「幸せ?莫迦莫迦しい!あいつが俺といたって幸せになんかなれるものか!あいつをあんな風にしちまったのはこの俺なんだからな」
 時として二匹は勢い余って看板や街灯を破損しながらもつれ合い、牙を立て、爪を振り回した。
「大体は分かっていたさ。あなたも僕の心を覗いたんだろ?」
「へへ…、そうだったな。だが記憶まで見たわけじゃないだろう?あん時、俺以外にも眷属が門の前に集まっていた。どいつもこいつも一度はあちらの世界に行きそこなった連中だ。門が開くと同時に我先にと飛び込もうとしやがった。焦った俺は無我夢中で先頭の奴に飛び掛り、牙を立てた。満月の魔力に当てられていたのかも知れねぇ。俺の憎悪が他の殺気立った奴らにハウリングを起こし、怒りと死の恐怖が俺達を殺し合いへと駆り立てたんだ」
「その場に小鳥が居合わせたのか?」
「ああ。あいつもハウリングを起こしていたが、それよりも圧倒的な負の感情にその小さな心が押し潰されてしまったんだ。気が付くと俺は血みどろになって仲間の死体の上に立っていた。そしてあいつはその時既に魂を失っていて、ぶつぶつと口の中で歌を唄っていやがったんだ」
 一瞬、ツクヨミの表情に暗い影がよぎる。
「だったら」月郎は言った。「だったら償いの為にも小鳥のところへ帰らなきゃ!今まで小鳥と一緒にいたのは、小鳥のことが心配だったからだろう?」
「ふん。言ったろう。あいつが俺といたって幸せにはなれねぇ。俺も小鳥といたのは、あの世界が見たかったからだ」
「この分からず屋がぁ!!」

 月は既にかなり西に傾いていた。
 月郎もツクヨミも疲弊していたが興奮は収まらず、こめかみの辺りがズキズキと痛んだ。しかし、それでもお互いに走る事を止められず、闇雲に駆け回る二匹。
 互いの興奮した心が反響し、憎悪が相手の憎悪で更に掻き立てられる。
 もはや正常な判断は失われ、二匹とも追っていた男の事などすっかり忘れていた。
 いつまでこんな不毛な戦いが続くのかと二人の脳裏にそんな思いがよぎった瞬間、突然ツクヨミの意識が白く弾け飛んだ。
 幹線道路に飛び出したツクヨミの前にトラックが現れたのだ。
 野良犬如きと運転手は躊躇無くツクヨミを跳ね飛ばし、哀れな狼は力無く道路に転がった。
「ツクヨミ!」
 咄嗟に月郎は道路に飛び出し、車の間を縫ってツクヨミの身体を道路の反対側へと助け出す。


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