純白の蝶は羽ばたいて(美少女、処女)-2
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気がつけばゲームセンターにいた。学生の頃にはよく行っていたのだが、今の達也にはその時間が無い。何をするでもなく、フラフラと歩き回る。目の前が何故かぼやけてよく見えない。
ドン、という衝撃を背後から受けて達也が振り返ると、制服姿の女子高生がよろけていた。けっこう強くぶつかったのだが、その感触はとても柔らかく、弾力に満ちたものだった。おそらくはお尻だろう。
「あ……、すみません」
シルクのように穏やかな、心の襞にそっと染みてくるような声で、彼女が謝った。達也は、胸騒ぎにも似たさざ波が、彼の深い所を震えさせるのを感じた。
「え? あ、いえいえ、こちらこそ」
一瞬ぼんやりとしてしまった達也も慌てて謝った。
ガタン。
達也の視界の隅で、彼女がプレイしていたクレーンゲームのアームが見事に景品を捉え、取り出し口に落とした。
花のように明るく可憐な笑顔が、彼の目の前に広がった。
「やった……」
囁くように声は小さいけれど、深い喜びが伝わってきた。切れ長の涼やかな目を細め、しっとりと潤った唇の端を上げて微笑んでいる。その瞳は吸い込まれてしまいそうな程にどこまでも深く澄んでおり、鼻は小さめだがしっかりとスジが通っていた。
「始めてなんです、取れたの。ありがとうございます」
そう言ってお辞儀する彼女の黒髪は艶やかで、サラリと肩から滑り落ちて揺れた。切り揃えた前髪はやや幼すぎる印象を与えるけれども、美少女と呼ぶに何の躊躇いも感じさせない彼女にはよく似合っている。
「い、いや、僕はぶつかっただけだから」
あまりにも美しく、透明感がありながら、熱量を感じさせるほどに温かい笑顔に、達也の声は不覚にも震え、頬がピクっとひきつってしまった。
「それでも、ありがとうございます」
軽く首を傾げて、本当に嬉しそうに微笑む彼女の目を、達也は真っ直ぐに見返すことが出来なかった。不純物を一切感じさせない彼女の眼差しを、まともに受けとめる資格が今の自分にはないように、達也には思えてしまったのだ。
抜けるように白く、丹念に焼き上げられた陶器のように滑らかな肌、頬に差すほのかな朱の気配。小さな顎から細い首筋を通って、肩へと至る幼い道筋と、制服の半袖ブラウスから僅かに覗く華奢な鎖骨。胸元にゆったりと巻かれた大きなリボンは上品な赤色で、ポケットには同じ色で校章らしきデザインが刺繍されている。ブラウンとダークグリーン基調のプリーツスカートから覗く膝には余分な皺はひとつも無く、紺色のソックスがスラリとした脛を包み込んでいる。そしてダークブラウンの革靴には、立体的なリボンのデザインがあしらわれていた。
純真、透明、清澄……彼女を一言で現わすに適当な単語はなんだろう。達也には思い付かなかった。
もっと話していたい。心をくすぐられるようなこの声を聞いていたい。それが本音だったが、それ以上一緒に居たら何かが折れてしまいそうな気がして、達也は小さく会釈しただけでその場を後にした。
名前ぐらい訊けばよかったか、いや、そんな話の流れにはなかったぞ、しかしなあ、と、さっき出会ったばかりの、そしてもう二度と話すこともない美少女の事を考えながらゲームセンターの中をデタラメに歩き回っているうちに、達也は懐かしい音楽が聞こえてくることに気付いた。それは、二年前に大ヒットした音楽ゲームだった。プレイしているのは……さっきの女子高生だ。達也は体が熱くなるのを感じた。
おとなしそうな印象だったのに、とてもダイナミックなプレイだ。両手両足のみならず、全身を激しく使って音を捌いていく。ウェストが大きく捩られて、さっきは気付かなかったが意外に大きな胸がユラユラ揺れている。特別に短いわけではないスカートからも、ムッチリと肉付きのよい健康的な太股が踊り出ており、彼女がクルリと回るたびに白い布のような物がチラリと覗いた。
躍動。彼女はまさに今、音楽とともに躍動していた。そして、なかなかの腕前だ。難所とされる二曲目をあっさりクリアしてしまった。三曲目が始まったところで、達也は彼女の隣のブースに立ち、コインを投入した。振り返った彼女が驚いたように目と口を開く。対戦が始まる。ほどなく、勝敗は決した。
「強いんですね。まいりました」
素直に頭を下げる彼女の髪から、甘酸っぱい汗の匂いが少しだけ流れてきた。
「いやあ、ちょっとインチキなんですけどね」
もの問いたげに傾げた小首が、達也の胸をジクっと疼かせた。
「このゲーム、僕が作ったんですよ」
彼女は最初、言われていることの意味が分からなかった様だが、徐々にその目は大きく見開かれていった。
「好きです」
「な、何が」
「このゲームですよ。ありがとうございます、こんな素敵なものを作っていただいて。ゲームのことが好きなんですね」
ゲームのことが好きなんですね。いきなり深いところに突き刺さったその問いに、達也は即答出来なかった。
「私ね……」
答えあぐねていると、彼女の方から話を始めた。
「実際に作っている人に話すのは恥ずかしいんですけど……自分もいつかゲームを作りたいと思ってるんですよ」