置屋「峰岸」-1
3月、寒さが和らぎ、各地から花見の便りが聞こえてくる。
「お母はん、おはようございます」
「おはよう、駒子ちゃん」
花街の片隅にある置屋「峰岸」には芸妓たちが集まってきた。
普段はOLと変わらない恰好をしている彼女たちも、お座敷に備え、浴衣に着替えると、髪結い、白塗り、眉墨、そして、真っ赤な口紅。たちまち姿を変えてしまう。
「お絹はん、ちょいとお願い」
「はい、女将はん」
京子は着付けのお絹に後を任せると、二階に上がって行った。
「明彦、いつまで寝とるん?」
「あ、う・・眩しい・・」
いつまでも起きてこない息子に呆れた京子が寝室の雨戸を開けた。
「今、何時?」
「お昼や。それにしても臭いな・・」
明彦は昨夜も酒浸り。京子は窓を開け放ち、空気を入れ替えていた。
「組合の寄合いって、何をしとるん?」
「すみませんねえ・・」
明彦は40近いのに、未だに独り身だ。一応、この置屋「峰岸」の長男、「若旦那」と呼ばれてはいたが、置屋には関わらず、裏で女衒のような仕事をしていた。
「増子はん、もう長くないらしいんよ」
「えっ、増子さんが・・」
「ガンやて。まだ55なのに、分らないなあ、人の命は・・」
「そうなのか・・」