血脈-1
「おかあさん、僕のピアノ、どうかなあ?」
「ずいぶん上手になったわね。やっぱり血は争えないのね」
「血?」
「あなたのお父さんは、凄いピアニストだったのよ」
「今は何をしてるの?」
「たくさんの人を幸せにするお仕事よ」
「ピアニストよりも?」
「ピアニストとは違うやり方で、よ。お母さんも、女の幸せとは何なのかを教えてもらったわ」
「お母さんの先生だったの?」
「ええ、そうよ」
「どうしてこの家にいないの?」
「愛してるからこそ、一緒にいない方がいいって考えたのよ」
「分かんない。好きなんでしょ?」
「いずれ分かる時が来るわ。いいえ、分からない時が来る、と言うべきかしら」
「やっぱり分かんないよ。それより、ピアノ聴いてよ」
彼は、一般的な同年代の子供など足下にも及ばないほどに、難しい曲を軽々と弾きこなした。しかし、その音楽からは、苦悩を経験した人間の悲哀はまだ薫ってはこなかった。
「ねえ、そろそろお外で遊んできたら? ピアノばかり弾いていたら、偏った大人になっちゃうわよ」
「何それ?」
そう言いながらも、彼は外へと飛び出していった。それを見送ると、母親はポケットから白い封筒を取り出し、封を切った。中から一枚の写真を引っ張り出す。
写真を見つめている彼女の息が乱れ始めた。躊躇いつつもスカートの中に入れられた手が、モゾモゾと蠢めく。
写真には、彼女の子供の父親が、全裸の見知らぬ女を後ろから抱きすくめ、激しく腰をぶつける様子が、生々しく写っている。
封筒の宛先は、こう書かれていた。
『加際麗華様』