地下室の真実-3
「どうして……どうして僕らは普通に愛し合えないんだ、玲奈」
悦楽に歪んでいた玲奈の顔が、不意に冷静なものに戻った。
「あの時に始まったのよ。いいえ、あの時に終わったの。あなたは私が犯されようとしているのに、私を助けることよりピアニストとしての未来を選択した」
「だからって……こんなの、こんなのは、狂ってる」
「そう、狂ってる。だから私はこう言うの。加際先生、もっと突いて!」
「まかせなさい。はっ、はっ、ふんっ!」
「あはぁぁぁ……」
玲奈が顎を反り返らせた。膝がガクガクしている。
「さあ、イけ、イきなさい、玲奈くん!」
「やめろぉ……」
「い、イきます、イってしまいます、先生!」
「は……はは……ははははは……」
幸弘が腹筋を揺すりながら笑い始めた。彼の正気は限界を迎えているのだ。
「イクんだ、玲奈!」
「い……イク、い、い、い、イグぅ……」
玲奈の全身に力が漲り。細かく震え始めた。
「はは、ははは、は……」
幸弘は、うつろな目をしている。
バンッ。
いきなりドアが開いた。
「……誰だ」
加際が不快そうに叫んだ。
「通りがかりの不良娘でーす」
暴走族のような戦闘服姿の女が仁王立ちしている。
「ちょっとサイズが合わなくなっちゃってるけど、なんとか着れたわ」
彼女の後ろには、同じような格好をした女が数人控えている。
「麗華……何やってるんだ」
ぼんやりした声で幸弘が問い掛けた。
「幸弘さん。私にここの場所を教えておいて正解だったでしょ?」
麗華は花のような笑顔を広げた。
「なんだ、お前たちは」
江島が凄んで見せたが、彼女らはまるで動じない。
「こんなバカな連中は放っといて、行きましょうよ、幸弘さん」
「いや、しかし、玲奈が……」
正気を取り戻しつつあった幸弘が、加際に犯されて絶頂しかかかっている自分の妻を振り返った。
「まだそんなこと言ってるの? どれだけバカげたことをやらされてきたのか、もう分かったでしょ?」
戦闘服の女たちが一斉にダッシュし、幸弘を押さえつけている仁来に襲いかかった。
「はっ、やっ、ほっ! あいやーっ!」
アヤシゲな拳法を使う仁来に少々手こずりながらも、ケンカ慣れしている彼女らはそれを撃破して幸弘の自由を確保した。
「おいおい、好き勝手やってんじゃねえよ」
江島が筋肉質の大きな体を見せびらかすように揺らしながら前に出た。しかし、多勢に無勢、あっという間に冷たいコンクリートの床に転がった。
「ねえ、麗華くん」
落ち着いた声で、加際が話しかけた。
「病院には防犯カメラというものが有るんだがねえ。君と立野くんが何をしたのか、拡散させてもいいのかい? 彼はもうピアニストとしてやっていけなくなるかも知れないよ?」
「……構わないさ」
幸弘は立ち上がった。
「立野くん? 何を」
「構わないって言ってるんだよ、加際。もうお前に踊らされるのは御免だ。ピアニストになることにこだわりすぎて狂わされた人生なら、もう一度原点に戻ってやり直すだけさ」
「く、貴様!」
「行こう! 麗華」
「うん! 幸弘」
「こ、こら待て……」
まだ何か言いかける加際を尻目に、幸弘と麗華たちは出口にダッシュした。一瞬振り返った彼の視界の隅に、加際に足を引っかけて転ばせる江島と、笑顔で手を振る瞳美の姿が映った。玲奈は……白目を剥いて気を失っていた。
「さようなら、玲奈……」