白香語り(8)-3
いま現在は、あの「研究室」、片桐さんに多くを頼らねばならない。資金面でも、物理面でも。
幸也くんの篭絡は、まだ先の話だった。それに、したからといって、すぐに大金を引っぱってこれるわけでもないだろう。それをやるには慎重さが必要で、それには少なくとも一年、二年といった時間は必要になるだろう。しかし、物理面では、もっと早くにショートカットできそうな光明が見えていた。近いうちに、研究室――あのビルに行く手間が、省けるかもしれないのだ。ある道具――装置――によって。どういうことかというと‥‥。
昨日のことだ。わたしは、報告も兼ねて、また「研究室」に行ってきた。最初は、
(バイト、やめようかな――。ぶっちゃけ、片桐さんは確保できたんだし、もうここに来なくてもいいんだから‥‥)
なんてことを考えながら。
PCに向かう片桐さんに、わたしは声をかけて冷たい飲み物を出しながら、お世辞を言ったのだった。
「凄いですね、この催淫装置‥‥。これを開発した片桐さんは、天才ですね」
片桐氏は、お世辞だということに気づく様子もなく、
「いやあ、それほどでもないよ」
とその飲み物をすすった。そしてその後で、気になることを言い出したのだ。
「実は、家庭にも設置できる小型の装置を開発中なんだ。もうすぐできる」
「小型?」
わたしは、研究室の内壁や天井をぐるりと見渡した。
「この構造の装置を小型化なんて、できるものなんですか? 機能を持たせたまま‥‥。電源は?」
わたしは桃香の調教では自分が主導権を握るつもりでいたし、実際そうしている。が、こういった話では、やはり片桐さんが上司のようでもある。わたしは、基本的には敬語を使うように心がけていた。その片桐さんは、ストローから口を離し、質問したわたしを驚いたように見つめていたが、やがて口を開いて、こんなことを言い出した。
「さすが、白香クンだ。ウチの上の人より、よっぽどわかってるよ、いやいや‥‥。弟子にしたいくらいだ。――本当の話、ウチに就職しない? 推薦してあげるよ」
わたしは、その話はさらりとかわして、さらに説明を求めた。
「ウン、お察しのとおり、小型、と言ってもこれよりは小さいというだけで、3LDKくらいのスペースは必要になるんだけどね。同じように、ケーブルをその家のなかに張りめぐらせて、なんとか普通の家でも使えるってわけだ。電源は、家中のコンセントから掻き集める。普通なら、たぶん一度ブレーカーが落ちる程度で、作動するはずだ」
「効果は、同じなんですか?」
わたしは聞いた。備えは、充実させておくに越したことはない。