第三話 悪魔撃墜-1
≪スナック「雪」≫
市内盛り場の一角、路地を入ったところにその店はある。
給料日目前、客足は遠く、午後11時を過ぎても誰一人として来る者はいなかった。
閉店は午前0時だが、店を開けていても、望み薄。山根(やまね)雪江(ゆきえ)はグラスを片づけ、店を閉める準備を始めていたが、その時、体の大きな男が入ってきた。
「あの、お客さん、もう看板ですけど」
「そうか。でも、ビール1本くらい、飲ませてくれよ」
男はカウンターに座ると、雪江の返事も聞かずにタバコに火をつける。
「はい、どうぞ」と灰皿を差し出すと、「悪いね」とそれを受け取った。
「こんなものしかないですけど」
取りあえず乾き物とおしぼりを用意し、ビールを1本開けて、男のグラスに注いだ。
「おお、すまんな」
「お仕事のお帰りですか?」
「まあ、そんなところだな」
「お疲れさまです」
低くどすの利いた声。髪は短く、グレイのジャケットを着こみ、黒縁のメガネを掛けているが、頬の小さな傷、仕事柄、ママの雪江は普通ではないことを感じ取っていた。
「中国?」
「日本人ですよ」
中国人のパトロンの影響もあり、雪江は店ではチャイナドレスを着ているが、純粋の日本人である。
「色っぽいなあ」
「ふふふ、お上手ですね」
雪江はもうすぐ46歳。体に余計な肉がついているが、ドレスのお蔭で凹凸はっきり出る。それが色っぽく見えるのだろう、常連客のお目当てになっていた。
「もう1本頼むよ」
中ビンだから当然だろう。雪江が「はい、どうぞ」と差し向けると、「ありがとう」とグラスを差し出した。
「いつもはどちらで飲まれているのですか?」
「いろいろだよ」
会話には乗ってこない。ならば、静かに飲んでいるうちに出て行ってもらった方がいい。
雪江が「ちょっと表の灯りだけ消させて頂きます」とカウンターから出ると、「ああ、いいよ」と男はグラスをグイッと飲み干した。
そして、雪江が入り口のドアを開けて、表のネオンサインを消した時、バチバチと背中に電気が流れるのを押し付けられ、そのまま気を失ってしまった。