第二話 主婦、飯島弥生の悪夢-1
≪朝のひと時≫
「弥生、今夜は飲み会だから、飯はいらないよ」
午前7時、高校で美術を教えている夫は出勤していった。
「朋子ちゃん、遅れるわよ」
「はーい、ママ、今、行きます」
午前7時10分、小学校2年生の娘、朋子がようやく起きてきた。
「あらあら、髪がくしゃくしゃじゃないの」
「ママ、お願い」
「もう、2年生でしょう。自分で出来なくてどうするの」
「だって…」
「しょうがないわね」
口ではこう言っているが、弥生は娘の髪を梳かすのが喜びだった。
24歳で結婚したが、中々子供が出来ず、心配していたところ、30歳で授かったのが朋子。「目の中に入れても痛くない」とはこのことかと思うほど、弥生と夫にとって、娘は宝物だった。
「ママ、いってきます!」
午前7時50分、その娘を小学校に送り出すと、弥生はほっと一息。コーヒーを淹れ、ゆっくり新聞と折り込み広告を読む。
今年、飯島(いいじま)弥生(やよい)は38歳になる。夫は大学美術部の先輩で2つ年上。
住まいはアトリエを備えた二階建て一軒家。日曜日にはそのアトリエで夫と一緒に絵を描く。
土地は、農家の次男である夫が実家の畑を分けて貰ったものだから、住宅ローンの返済負担はそれほど大きくない。
夫が今日のように飲みに行くのは月に一度か二度しかない。殆ど毎晩、家族そろって食卓を囲める。幸せな平穏な生活だと言って良かった。
ボーン、ボーン、ボーン…
キッチンの時計が午前9時を知らせてきた。
さあ、お掃除しなくちゃ、と弥生は朝食の後片付けを始めたが、ギュルギュルと便意を催してきた。
お通じは健康の証
洗い物を中断し、トイレのドアに手を掛けた時、ピンポン、ピンポンとインターフォンが鳴った。「宅配便です」とカメラには野球坊を被った男が荷物を抱えているのが映っている。全く間が悪いんだからとぼやいても仕方がない。
「はい、今、開けますから」と印鑑を持った弥生がドアを開けた、その瞬間、バチバチとスタンガンを押し付けられ体が痺れてしまった。