マカオに沈んだ榊亜希子の悲劇-11
ベッドに寝転び、頃合いを見計らいながら少しづつ聞き出す。
「ところで、どうしてここに?」
「えっ、あなたの方こそ、慣れているみたい。マカオにはよく来るの?」
自分のことは喋りたくないのだろう。逆に質問してくるが、ここは焦ってはいけない。
「ははは、男なら一度はマカオと言われて来た初心者です」
「あら、そうは見えないけど」
話し言葉に品があり、唯の風俗嬢とは思えない。
「日本ではどこで働いていたのかな?新宿?」
「知らない」
「ひょっとしてセレブだったりして?」
「ふふふ、そうかもね」
少し揺さぶりを入れてみたが、彼女は笑うだけで余計なことは答えない。
「そうか、いろいろあるからな」
「あなたと同じよ」
彼女はそう言って、風間のタバコに火を点けてくれた。もう一発やりたくなる女だが本題を忘れてはいけない。
時間も無いことだし間接的に聞いていても、これ以上は何も出てこないだろう。
風間はタバコを吹かすと、「杉並に住んでいた榊亜希子さんでしょう?」とストレートに聞いた。その瞬間、彼女の頬が引き攣ったが、それも束の間、とタバコを消して立ち上がると、「時間かしら」ともう何も喋らなかった。
だが、帰り際、彼女は風間の手をぎゅっと握ると、「元気だからと伝えて下さい」と言った。その涙を一杯に溜めた横顔はとても寂しそうで、彼は何も言えなかった。
飛行機はマカオ国際空港を飛び立った。成田までは4時間あまり、彼女の夫に何て報告するか…風間は永遠に到着しないことを願っていた。
(了)