THE UNARMED-18
9. 波紋
その日も雨だった。此処二、三日ずっと雨が降っていた。
水溜りに幾つもの波紋が出来ては、他の波紋に掻き消されて行く。
それを宿の部屋から眺めてから、俺は未だ薄暗い空に視線を移す。
くそったれ、三日後に出陣が迫っていると言うのに。
「そうくさるな。晴れになるよう、祈れば良い」
俺の呟きが聞こえたのか、レイチェルは寝転がりながらそう言った。
「神様は、俺の言うことなんざ耳を貸してはくれねえよ」
肩を竦めながら言ったその言葉に、奴は小さく笑う。
奴の見せる珍しいとも言えるその無邪気な笑顔に、俺も思わず口元を緩めた。
もっとも最近は良く笑顔を見せるようにはなっていたが。
――あれからまた幾度か、俺はレイチェルと身体を重ねていた。
その度に感じる奴の温かさは、俺の尖った心を溶かして行くようだった。
それは心地いいと感じる反面、怖かった。
「早く戦争が終われば良いと思っちまうんだ」
俺の呟きに、レイチェルが訝しげな表情を見せる。
「戦争が終わるのは良いことだろう? 突然、何を言い出す」
「俺は、傭兵だ。戦争がなかったら食いっぱぐれちまう。なのに、俺は戦争を望まなくなってるんだ」
怖いんだ。
『狂犬』とまであだ名された俺の心が丸くなって行く。
戦争が、人殺しが厭になって行く。
「お前と二人、戦いとは関係のないところで静かに暮らしたいとまで思っちまう」
「……ガルム」
レイチェルが俺をヴィクセルと呼ばなくなったその日から、ずっと感じていたことだった。
そんなこと、無理だと頭で分かっているのに。
「お前は良家の娘、おまけに騎士長だ。そんなお前といつまでもこうしていられるわけ、ないだろ」
自嘲気味に笑う。
そんな俺の手に、レイチェルの細い指が絡んできた。
「駆け落ちでも、するか」
「馬鹿言え。本気にする」
何気なく言ったつもりだろうが、その言葉は俺を更に苦しめる。
その選択肢を考えなかったわけじゃない。
だが、それを選んで結局不幸になるのはレイチェルだ。
「けれど、ガルム」
「そうしたって、不幸になるのはお前だぞ」
俺は悲痛な面持ちで言った。
「お前を不幸にしたくない」
以前の俺からは考えられない言葉だった。
しかし、これが本心だ。
一度不幸になったこの女を、二度と不幸にすることはしたくなかった。
するとレイチェルは、静かに首を左右に振った。
「……お前と離れることが、私の不幸だ」
言って頭を俺の背に預ける。
背中に柔らかで温かなレイチェルを感じ、俺は静かに目を閉じた。
幸せだと感じるこのひと時を噛み締めていた。