あなたは紅香と‥‥。(1)-4
あなたは、並んで歩くときなど、極力、彼女の胸を見ないように気をつけていた。それは、あらぬ妄想に捉われまいとする、あなたなりの健気な努力であった。が、当の紅香は、時折、
「ん‥‥」
とか、
「んー、んンー」
とか、ときには、
「うふうっ。あン‥‥♡」
などという、色っぽい喘ぎ声を、横であげるのだ。小さく、小さくだが。
初めて気がついたときは思わず彼女を見てしまい、自然、その揺れる
三度目のときは、首は動かさずにちらと横目で見たのだが、喘ぎ方が長かったこともあって、その声が並び歩く彼女の口から漏れていると、はっきり確認できた。声だけでなく、その刹那、彼女ははっきりと頬を上気させ、目を空に泳がせ、感じていた。
繰り返しになるが、あくまで小声。隣り合っているあなたでないとわからない、ごくごく小さな。そしてあなたには、女性体験は乏しい。女性のことを、大して知っているわけではない。――とはいえ、これはさすがにおかしい、と思った。
あなたの紅香は、調教に関係なく、普段からこうして何か妄想でもして、アンアン喘いでいる変態娘なのだろうか。それとも、
(これが調教の成果か‥‥)
等とも考えたりもしたが、答は出なかった。
というより、あなたはなんとなく、考えたくなかった。何か話しかければ紅香は笑顔を見せてくれるし、本人がこの謎の喘ぎを気にしている様子は、まったくない。自分から、変なことを言い出したくは、なかった。
(――俺はまだ、この紅香のすべてを知っているわけじゃないんだ‥‥)
そう、己に言い聞かせるあなただった。
バスの前席で揺れる紅香の長い髪を見つめつつ、彼女が切り出さない限り、当分このことは言わないでおこうと思いながら、あなたは後席で揺られていた。