液浸-14
あの頃と変わらず、眉は細く薄く、鼻筋はすっきりと高く、耳は美しく開き、整った顔をし
たその男は、七年前と何ら変わらなかった。彼はカヅエと同じ外科医だった。男は私がカヅ
エの娘であることをすでに知っていた。微かな戸惑いの表情を見せながらもそのことを楽し
むかのように狡猾な笑みを見せた。
久しぶりに目の前にした彼は、まるで以前と変わらない恋人同士のように私の横に馴れ馴れ
しく座り、仄かな灯りが漂う店の中で私の手を握り、腰に触れ、腿の上に手を這わせた。あ
のときと同じ瞳の中に淫蕩な光が漂っていた。私は男をなぜか拒めなかった。いや、拒まな
かったのかもしれない。遠くへ押しやった過去の男だというのにカヅエの再婚相手の男であ
ることが私を戸惑わせた。
彼は私がS嬢をしていることを皮肉るように言葉を巧みに操り、私が鞭を手にする女である
ことを嘲笑った。彼は私をS嬢ではなく、M嬢として指名したことを告げた。喫茶店を出る
と男に誘われるままにSMホテルに入った。
男はあの頃と同じように巧みに縄をほぐし、まるで私の心と肉体の記憶をえぐり出すように
卑猥に巧みに私を縛った。鞭を握った姿より縄がよく似合う女だと褒めたたえ、私が《今で
もそういう女》であることに満足したかのように体の隅々まで眺めまわし、私が彼の記憶の
中に今もまだあることに安堵した。
天井から垂れ下がる鎖で恥辱の形に吊られた私を彼は執拗に辱め、責め立て、私の肉体から
快楽を貪った。彼の巧みな鞭使いに私の肉体は、うねり、たわみ、胸や腹を波うたせ、胴体
をくねらせ、まるで古傷のように刻まれた快楽を知らしめられ、身悶え、のたうった。
そして私は鞭の条痕を彼の舌でなぞられながら、彼の漲った堅いもので体の中心を刺しとお
された。
私はカヅエが男と再婚したあとも、彼に何度か関係を求められた。カヅエはおそらく薄々、
私と男との関係に気がついていた。男がカヅエよりも私を求めていることにおそらく烈しい
嫉妬に襲われていたに違いなかった。しかし男はカヅエと結婚して三年目に突然、消息を
絶った。カヅエは男が病死し、すでに埋葬されたと言ったが、真実は定かでなかった。
その後、私は結婚した。何かから逃れるために、自分の中に蠢くものを消し去るために。結
婚はなりゆきだった。そしてカヅエは私の夫に興味をいだくようになった。彼女は夫に対し
て女を見せようとしていた。
カヅエはいったい私にどんな感情をいだいていたのか……。でも、私はカヅエが再婚した男
を奪ったとも、別れた夫をカヅエに奪われたなどと、今さらながら思ってはいない。
ただ、私が結婚してから不意に夫に漂うカヅエの影に息苦しさを感じ、夫がカヅエのことを
口にすることに烈しい嫌悪感をいだいた。それが原因だったのかは自分でもわからないが、
彼と結婚して四年目に私は精神を患った。眠れない夜が続き、何かがいつも私の咽喉元を締
めつけるように迫ってきた。彼がどこからか呼び込むカヅエの影が私の心と身体をじりじり
と責め立て、衰えさせていくような気がした。私は夫から逃れたかった……彼から自由にな
ることで私は息苦しさから逃れられるような気がした。離婚は必然であり、なおかつ偶然だ
った。
実は、カヅエの遺書が入った封筒には、一枚の写真と錆びた鉄鍵が含まれていたが、私はそ
れを警察に明らかにしていない。写真は、納骨堂を写したものだった。私はその場所がこの
別荘からそれほど離れていないところにあることを知った。おそらく鍵は納骨堂の扉の鍵に
違いなかった。私は車を走らせ、墓地に向った。
墓地を囲む深い森はとても静かだった。ただ、蝉の鳴き声だけが遠くに響いている。私は蔦
がぎっしりと絡んだ納骨堂の扉に鍵を差し込んだ。ライトを照らし中に入ると細い階段を
恐る恐る降りて行った。そして奥の扉を開いた瞬間だった……。
そこで私が見たものは………。