まきちゃん-3
「同窓会?」
ふとんをひと組ばさばさと干しながら尋ねた。いい天気だ。太陽に照らされた熟れたての春のにおい、新緑とさくらのかおり。我が家の側には、大きな桜並木がある。「そうそう。もうおれ達もそんな歳かあ」
夫とは高校時代に知り合った。ローリングストーンズが好きで、音楽の話をしているうちに、いつの間にか恋人同士になり、そのまま別れる理由もないまま9年の時が経つ。
「行くだろう?あいつら、どうしてるかなぁ」
日曜日、夫は遅い朝食を頬張りながらテレビを見ている。
「そうねえ、上仲君とか、懐かしいかも」
おー、上仲かあ、と、夫の懐古のため息が聴こえる。その表情を、私は見なくても判ることができる。
ふと、頭の隅をかすかな面影がかすめた。あまりにも唐突だったから、始めは誰だかわからなかったほどだった。一瞬に、でも、鮮やかでくっきりとした、あの不機嫌な横顔。
『あの男、私の為なら夢をあきらめられる、って言ったのよ。』
気がついたら私は微笑んでいた。くつくつと沸き上がる思い出のひとつひとつは、懐かしさが浄化してくれていた。
あの不機嫌で生意気だった女子高生は、今どうしているだろうか。やっぱり不機嫌そうにして、会社にでも勤めながら、夢のある男を探しているのだろうか。
「ねぇ」
ふとんをすっかり干し終わって、コーヒーをすする夫の背中にもたれかかる。
「あぶないだろ」
昔ギタリストを目指していた元少年は、むっとした声でそう言った。クローゼットをアンプよりゴルフバッグが、バンドTシャツの代わりに背広が幅を利かせている、私の夫。
「楽しみね、同窓会」
夢やぶれた新婚夫婦を、まきちゃんならどう言うだろう。
『そういう男って大嫌い』
またくすくすと笑いだす私を、横目で夫が不思議そうに伺う。
同窓会はさ来月の日曜日だという。めいっぱいお洒落していこう。二人で手をつないで、その日1日、専業主婦とサラリーマンごっこをやめて。それは素敵なことのように、私には思えた。