『月光〜届かざる想い〜』-5
たまにジジムサイことを言うやつだった。
天津水(あまつみず)……古語では雨をそう呼んだことを教えてくれたのも佐倉だった。
「見事なお芝居だったね。あんたは意地が悪い。美香さんを佐倉に縛る気で言ったの?あんな嘘。」
佳代子がつまらなそうに尋ね、私はそれを完全に無視した。
「論理的に破綻していたけど。私が美香さんだったら、論理の飛躍と矛盾をガンガンつくね。なんで私への遺言である写真を貴女が持って帰っちゃうのですかぁ〜とかね。」
更に続ける佳代子を睨みつけてから言ってやった。
「そんな人の揚げ足とりばかりするから『負け犬』になるのよ佳代子は。」
佳代子は首をすくめてしばらく黙っていたが、それから徐ろにもう一度口を開いた。
「明後日、あんたたちの30歳の誕生日だよね。一緒にいてあげようか。」
そのお節介なほどの気遣いに私は首を振る。
佐倉と一緒に、死んでしまったのだ。
佐倉と誕生日を過ごす佐倉の精神的双子のミナミは。
「純と一緒にすごすよ。これからの誕生日は彼なしではいられない……」
それは諦めであり、決心だった。
これから、佐倉のいない世界で生きていくための―――。
最寄駅に着くと、雨は既にあがっていた。
泣かない私は冷たいのか、優しいのか。
壊れない私は強いのか、弱いのか。
狂わない私は幸せなのか、不幸せなのか。
月光が、ただ木漏れ日のように優しく、私の頬を照らした。
(終)