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〜吟遊詩〜
【ファンタジー その他小説】

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〜吟遊詩(第四部†砂漠の国ディザルト†)〜-5

━━━━━……
 細い路地を曲がったエアルはユノの姿が見えなくなるのを確認すると瓦礫にもたれる小さな人間に向かって歩いた。
エアルの陰に気付き、顔をあげる小さな人間。
やはり口元しか見えない。小さな人間の方はフードの隙間からエアルが見えたようで、小さく微笑んでいる。
小さな人間の近くに来てエアルは初めて気付いた。小さな人間の足元に金の瓶(かめ)と銀の瓶が半分砂に埋もれて置いてあったことに。
(長い間ここに座っているのかな……瓶が埋もれるくらい)
「ずっとここに座って何してるの?」
エアルは尋ねた。
「…待ってる」
「何を?」
声の雰囲気からもその性別ははっきりと言い切れない。
「時は交わる…その『時』を……」
小さな人間の声は久しぶりに発せられたようにかすれていて、聞き取りづらかった。
エアルは自分の心臓の音や気配までも消すように努めて耳をすませた。
小さな人間は突然現れたエアルに怯えることなく、かすれた声のまま淡々と話を続ける。

 「金の箱には未来…銀の箱には過去が映される……それらが開かれる時、人々は少しの猶予を手にする。ただしそれはただの鍵に過ぎない……」

そう言うと、小さな人間は不気味に笑った。
「えっ……?金の箱と銀の箱?君の前にあるのは箱じゃなくて金と銀の瓶(かめ)だよ?」
小さな人間を警戒させないようにと、エアルは出来るだけ親しげに話しかけた。
小さな人間は顔をあげ、エアルを馬鹿にしたようにニヤけて見せた。フードの陰の奥で鋭く右目が光る。
「お前達は何も分かっていない。この言い伝えは古(いにしえ)より伝承されている文献にあるのだ………文献にはこう続きが記されている。…━━月は太陽を隠し、日に晒された扉は闇に隠れその姿を現す……未来と過去、二つの箱は同時に光り、鎖は蛇に変わり蠍は毒を吐く。なれば『形なき鍵』は1000年の眠りから再び覚めるだろう……━━」

思い出すようにゆっくりと話しを続ける小さな人間。
その言い回しは堅くかしこまり、たしかに何かの書を用いているような印象をエアルに残した。
にわかには信じられないような言い伝え……。
(いや、古い言い伝えなんて所詮そんなものか。抽象的で現実みがない。それにこんな子供が伝承者なんてやはり信じられないな……)
今まで驚いたように目を見開いていたエアルだったが、がっかりしたように肩を落とした。黒く興味の色を輝かせていた瞳も小さな人間から視線を外し、足元を見るように瞼を下げる。
エアルはもう小さな人間に不快感しか抱いていなかった。ため息を残し、背を向ける。
「遅くならないうちに帰りなよ」
と小さな人間に冷たく一言残し、エアルはリンのテントの方に戻ろうとした。ふいに小さな人間がエアルの背中に声をかけた。
「誰!!」
さっきまでのかすれた声とは違ってハッキリと叫ばれた小さな人間の声。
「えっ?」
「アンタと一緒にいた女……誰?人間?あの女……とても嫌な感じがする。世界に破滅を導くとしたら、それはあの女が原因だ」
小さな人間は早口でまくしたてた。 怒っているのか、怯えているのか…口元が微かに震えている。
「おい、妙な言い掛かりはやめろ。ユノの事なにも知らないくせにでかい口叩く気か!?」
エアルは小さな人間に向き直し、怒鳴った。眉を寄せ、顔を近付ける。
(ユノだけが俺の事を分かってくれた唯一の人だった……)
エアルの頭の中にユノのあの赤い目がよぎる。
エアルの迫力にもたじろぐ事なく、小さな人間は
「じゃぁ君はそのユノとか言う女の事、分かってるの?」
と、問掛けた。
『分かってるよ!!』
エアルはそう答えようと口を開いた。しかし…
(分かってる?いや、俺は…ユノの事何も知らない……)
答えに詰まるエアルを見て、小さな人間は卑下た笑いを浮かべた。
「何も知らないのに信用できるんだね。でも化けの皮はすぐ剥がれる……これからも一緒に居るつもりなら気をつけた方がいいよ。君の身も滅ぶだろう」

「……………」
エアルは何も答えずに、再び小さな人間に背を向け歩きだした。その背中に小さな人間が叫ぶ。
「あの女だけには『形なき鍵』は渡さない!」
「心配しなくても俺らはその鍵に用はないよ……」
エアルは振り返らないまま力なくそう答えた。


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