梨花-8
1時間なんてあっと言う間に経って、閉店時間になった。オサムは靴の入った紙袋を梨花から預かって近くの喫茶店に行った。梨花の店に行くといつもこの喫茶店で待ち合わせる。ちょっと飲み足りない気がして何かアルコールを頼もうかと思ったが、どうせこの後梨花と別の店に行くのだからと思い直し、コーヒーを頼んだ。此処は馬鹿高い割には不味いコーヒーなのだが、オサムは余り味にうるさい方では無い。グルメを気取る奴なんて馬鹿だとまでは思わないが、要するに各人の好みの問題に過ぎない。それなのにしたり顔で寿司屋でうんちくを披露したりしている奴が隣にいたりすると、オサムはわざとらしくネタとご飯を別々にして食べて見せたりする。
梨花は全く着替えもせず、ジャケットも腕に引っかけて店にいる時のままの服装でやって来た。それなのに随分時間が掛かったのは居残っていた店の大切な客の席に呼ばれて暫く相手をしていたからだと言う。
「この靴は何だ。置き靴か?」
「オキグツって何?」
「置き傘ってあるだろ?」
「あ、そうじゃ無いの、今日同伴したお客さんに買って貰ったの」
「そうか。でもそれじゃ早速穿いて見せてやらなきゃいけなかったんじゃないか?」
「うん、でも今日の服だと隠れて見えないから今度の同伴の時に穿いてきてくれって言うの」
「なるほど。なんか変わった靴?」
「ううん、別にただのハイヒール。だけどヒールが細くて高いからピンヒールって言うのかな」
「それじゃ見た目はいいけど穿いて歩くのは大変だろう」
「そうなの、だから今度の同伴は車で来てくれなきゃ厭だって言ってあるの」
「買って貰ってその上あれこれ注文付けてやっかいな女だな」
「いいのよ、向こうもそれを喜ぶんだから」
「一種のマゾだな」
「うーん、そうでも無いよ。そんな程度のことは誰でもあるじゃない。オサムだって私の下着を穿きなさいって言うと喜ぶじゃない」
「それは違うさ。女の下着を穿くのは密やかな男の喜びであって、マゾとは違う」
「それじゃ誰の下着でも喜んで穿くの?」
「いや、そいつの下着を穿くっていうのはそいつのあそこを舐めるのと同じだから、誰のでもという訳にはいかない」
「じゃあ、誰のだったら舐めるの?」
「お前の」
「他には?」
「他には無い、知ってるだろう。俺は一度に複数の女を好きになることは無い」
「でも好きでなくてもちょっといい女だな、やりたいなって思うことはあるんでしょ? 男だから」
「うんまあ、・・・、それはそういうことは全く無い」
「嘘、今『うんまあ、あるな』って言いそうになったじゃない」
「言いそうになってない。お前が引っかけるような言い方するからだ」
「引っかかるっていうことはあるっていうことじゃない」
「違う、違う、それよりどっか飲みに行こう。なんか飲み足りないんだ」
「また誤魔化す。まあいいわ、続きは後でゆっくりやるから」
「しつこいな、ゆっくりやったって無いものは無い」
「いいわ、後で体に聞いてやるから」
「何だそれは、それは女の言う科白じゃ無いぞ」
「いいのよ、私は今紳士用のTバックを穿いてるんだから」
「あんまり汚すなよ、お前のしつこい粘り汁は洗濯してもなかなか落ちないからな」
「失礼ね、粘り汁なんてどっからそんな汚い言い方仕入れてくるの? 穿き代えた時にバイブは抜いちゃったから大丈夫よ」
「なに、狡い奴だな。そんならあの時お前が先にトイレに行けば良かったじゃないか」
「もういいの、済んだことは」
「まったく」