梨花-40
「本当にいい奥さんね。可愛い人もいるし美人もいるけど、あんな美人で可愛い人は滅多にいないわネ。 本当にオサム君には勿体ない」
「何言ってるんだ。あいつは悩みが無いからいつもへらへら笑っているだけで、それで可愛いく見えるんだろ」
「何言ってるの。可愛くて可愛くてしょうがない癖に」
「そんなことは無い」
「そういう顔してるわ」
「いや、俺の顔は仏頂面だ」
「いつもへらへら笑ってるって誰のこと?」
「いや。ちょっとな、うちの親戚の話をしていたんだ」
「そう。それでオサム君そのへらへらに参っちゃって、とうとうその人と結婚して親戚にしちゃったっていう話し」
「私ってへらへらしてる?」
「してないわよ。オサム君素直じゃないからそんな言い方しか出来ないの」
「本当にね。私お店ではもっと愛嬌だしなさいって良くママに言われるのよ」
「そうか? お前店で見ると何がそんなに嬉しいんだっていうような顔してるじゃないか」
「それはオサムが来ると嬉しいからそういう顔になるの。普段の顔とは違うの」
「なんで? いつもうちで顔突き合わせてるじゃないか」
「だってお店で会うのはまた別だもの」
「子供みたいな奴だな」
「いいわねえ。オサム君は口は悪いけど気持ちは優しいから梨花さん幸せよ」
「ええ。幸せで怖いくらい。この人が出かけると事故に遭わないか、何か変なことに出会わないかって帰って来るまで心配なの」
「嘘つけ。昨日だって帰ったらアンパンむしゃくしゃ食ってたじゃないか」
「心配だからヤケ食いしてたの」
「上手いこと言うなあ。段々口が上手くなってきて困ったもんだ」
「オサムの影響」
「まあまあ。あのね、オサム君はね。うちに出入りしてた野良猫にいつも餌をやっていたのよ。本当に優しい所があるの」
「そんなこと知ってたのか」
「知ってるわよ。それでその猫がうちの縁の下で死んでた時、出して埋めてやってたでしょ」
「そんなことも知ってるのか」
「そうよ。2階の窓から見てたもの。床下に潜って何してんだろって思って見てたの。そうしたらね、庭の隅に穴掘って埋めてるの。声を出さないけど涙をボロボロこぼしながら埋めてたのよ」
「さあ、それは忘れたな」
「忘れるもんですか。そんなことも知ってるのかって今言ったくせに」
「縁の下にもぐった時、蜘蛛の巣が目に入ったんだ」
「恥ずかしがることないの。私も貰い泣きしちゃったんだから」
「俺、猫が好きだから」
「じゃ、今度猫飼おうか?」
「お前好きなのか、猫?」
「うん。私オサムが好きな物はなんでも好き」
「主体性の無い奴だな。でもやめておこう」
「どうして?」
「いずれ子供が出来た時可哀想だろ。毛が抜けて子供に悪いとかなんとかいろいろ言って可愛がらなくなったりするからな。悪くすると捨てようなんて言い出す」
「そんなこと無いわよ」
「いやいい。お前が大体猫みたいなもんじゃないか。気まぐれで、わがままで」
「何処が?」
「性格が」
「まあまあ夫婦喧嘩は犬も食わないのよ。私に食わせないで頂戴」
「ほら見ろ。姉さんの前でみっともないこと言うな」
「まあまあ。それより今度梨花さん貸してくれるかしら」
「いいよ。利息付けて返してくれれば」
「まあ、どうやって利息つければいいの?」
「冗談だよ」
「何ですか? 何か私に出来ることですか?」
「錦糸町の美子さんがね、書道展に入選したの。お弟子さんはいないけど美子さん専門家なのよ」
「そうですか。凄いんですね」
「それで荻窪の美智子さんが一緒に何かお祝いして上げましょうって言うんで、美子さんに何がいいか聞いてみたの。そうしたら美子さんのご主人足が悪いから出かけるの嫌いで何処も連れて行ってくれない、結婚してから何処も出かけたことが無いから温泉にでも行きたいって言うの」
「錦糸町のお兄さんは足が悪いんですか?」
「お前気が付かなかったの? ちょっと歩き方変だったろ」
「全然気が付かなかった」
「お前は鈍いからな」