梨花-20
「そういう格好してるとなんか宝塚みたいだな」
「そう? それでみんな私のこと振り返って見るのかしら」
「ああ宝塚のスターだと思って振り返ってみて『なんだ違うや畜生』って言ってるんだろ」
「それは無いでしょ。オサムは本当にケチを付ける天才ね」
「ケチなんか付けてないだろ。まるでスターみたいに見えるって褒めてるんじゃないか」
「褒めてるように聞こえない」
「お前の国語力だと俺の深遠な表現が十分に理解出来ないことは認める」
「何気取ってんの。まあいいわ、指輪買って貰うまでは何を言っても許して上げる」
「指輪の威力は凄いな。それなら指輪を買うのはずっと後にするか。そうするとずっと言いたいことが言える」
「駄目よ、もうすぐだと思ってるから我慢してるんじゃない。それにオサムは私が許そうと許すまいと好きなこと言ってるでしょ?」
「いいや、これでも非常に気を使って遠慮しております」
「そう? じゃもうちょっと気を使って遠慮した方がいいわよ。特に相手が私じゃない場合は」
「相手がお前じゃない場合は社会常識に則った言葉の用法に従ってるから大丈夫だ」
「それじゃ私と話すときは社会常識を無視してんの?」
「そうだ。恋心は常識には縛られないんだ」
「また、本当にオサムは女殺しね。上げたり下げたり」
「それは違うな。下げたり上げたりだろ」
「どっちでも同じよ」
「同じじゃない。上げてから下げたら後味が悪いだろ。下げてから上げれば下げられたのを忘れていい気分になる」
「そういうことを計算しながら喋ってんの?」
「いいや自然にそうなるんだな、それが」
「だから女殺しって言われるんだわ」
銀座に行くとお客に遭遇する可能性があるのでやめようということで、2人は日本橋のデパートに行った。デュアルなんとかっていう高価なコンピューターを買おうと思って取って置いた金なんだそうで、500万円には桁が違うが、オサムは50万円を持参していた。
「ねェ、いくらくらいの買ってくれるの?」
「50万円あるから、それで買えるもの」
「そうか、だいぶ奮発したのね。私せいぜい30万円くらいなんじゃないかと思っていた。50万円あれば大きいダイヤ入りの指輪が買えるわよ」
「買えないだろ。大きいのは」
「買えるわ。鑑定書付きの2カラットくらいの奴が」
「それは屑ダイヤだ。2カラットで50万なんて」
「違うわよ。50万って頭金でしょ?」
「・・・? お前な」
「冗談、冗談。そんな怖い顔しないでよ。ちょっとからかってみただけなのに」
「全く、ちょっとは社会常識を弁えろ」
「恋心は社会常識に囚われないの」
「人の科白を真似するな」
「いいから、いいから。ほらどんなんでもいいからオサムが選んで」
などとはしゃいでいたが、あれ見せて、これ出してと梨花はまるで宝の山に入り込んだかのように眼を光らせて夢中になっている。オサムは金を払う時以外は用が無いので喫煙所に行って煙草を吸いたいのだが、梨花ががっちり腕をつかんで放さない。試しに指輪をはめる時にも梨花は脇の下にオサムの腕をはさみ付けている。
「ね、これ似合う? あれとどっちがいいと思う?」
などと言われてもオサムには分からないから答えようが無い。上から覗きこむように半分飛び出している梨花の乳房を眺めている方が指輪なんか見るより余程楽しい。これは本当に買いそうだと睨んだ女店員も必死になっているから、ショー・ケースから指輪を取り出したりする時に胸元が大きく覗けているのに気づかない。梨花の乳房と比べて大きさは比較にならないが、知らない女性の胸元が見えるというのは又格別のものである。黒いワンピースの中に清潔そうな白いブラジャーをしていて、とてもいい眺めである。透けているブラジャーならもっといいのにと思うが自分の恋人ではなし、そう上手くは行かない。やっぱり梨花に指輪を買ってやるなんていう功徳を施すとこういういい目を見るんだ等と思っていた。
指輪ひとつ買うのに2時間もあれこれ費やして漸く梨花は買う物を決めた。そして内側にオサムの名前を彫ってくれるように頼んでいる。まあその辺は好きにしてくれと思って漸く終わったなとほっとしていたら
「さあ、今度は2人の指輪を選ばなきゃ」
と梨花が言う。