梨花-16
「それで私はどうするの?」
「どうするって、どうするんだ?」
「それは私が聞いてるんでしょ」
「え? ああ、お前行くの厭だろ?」
「どうして?」
「どうしてって、行きたいのか?」
「うん行きたいよ」
「えーっ、別に面白いことは何も無いぞ。陰気な顔ぶれが集まって飯食って帰ってくるだけだ」
「それでも行きたい」
「変わってるな、俺が行きたくないっていうのにお前は行きたいのか。そんなら是非とも一緒に行ってくれ。俺としてもその方が気詰まりな思いをしなくて済む」
「何で気詰まりなの?」
「だって別に話すことも無いのに顔つき合わせて黙々と飯を食うっていうのは気詰まりじゃないか」
「何でー? 兄弟が久しぶりに会えば話すこと沢山あるじゃない」
「俺達そういう兄弟じゃないの」
「どういう兄弟?」
「だから久しぶりに会っても黙って飯食う兄弟」
「変なの。それじゃ私も一緒に行くわよ。いいのね?」
「ああいいさ。向こうは是非連れて来いって言うんだから」
という訳で梨花はオサムと一緒にオサムの実家の法要に行くことになったのである。
「ねェ、私黒い服ってあんまり持ってないんだけどどうしよう?」
「どうしようって、いくらでもあるだろ黒いの」
「うん。だけど仕事に着ていくような服ばっかりだもん」
「それでいい。仕事みたいなもんだ。別に遊びじゃないんだから」
「だって」
「だっても糞も無い。何だって黒けりゃいいんだ。姉さんだって礼装なんかして来ないでよって言ってたんだから色が黒い服なら何でもいいんだ」
「困ったなぁ。私ってやっぱり社会常識に乏しいからなぁ」
「何を心配してるんだよ、お前は。社会常識なんか要らないんだ別に。兄弟が集まって飯食うっていうそれだけの話だ」
しかし結局梨花は新しい服を買った。日頃は客に買って貰うかオサムと一緒に買い物するかのどちらかなので、1人でゆっくり買い物するのは実に久しぶりで楽しい。朝から晩まで殆ど丸1日費やしてしまった。黒い服はあんまり持っていないというのは嘘で、黒だろうと白だろうと梨花は芸能人並に沢山服を持っている。しかし殆どが胸元露わな服ばかりで、それではいくら黒といったって法事に着ていく訳にはいかないと思った。それでこれなら無難かなと思う物を買ったのである。
ところがやはりオサムと長く一緒に暮らしたせいで服装に関する社会常識は著しく減退してしまっていたらしい。シンプルなゆったりした黒いワンピースなのだが、まるでスカーフのように薄い生地で梨花の体の動きに合わせてしなやかにまとわり付き、体の線が露わになる。家の鏡に向かって何度も確かめて迷っていたが、もう一度買いに行くのは面倒だし時間も無い。下着の線が見えなければこの服でも良しと言えるかなと一人で決めて工夫した。ブラジャーの代りに全身ストッキングを着れば線が出ない。下は極く小さいTバックを穿けばいい。
「お前それでトイレに行く時はどうするんだ?」
「面倒だけど全部脱ぐからいいわ」
「そうか。それじゃトイレに行く時教えてくれ」
「どうして?」
「俺も一緒に付いていくから」
「どうして?」
「それを脱ぐところを見たい」
「馬鹿ね。そんなの見たければ今見せて上げるわよ」
というようなことをやっていれば見るだけでは済まなくなるので、2人が寺に着いたときは既に他のメンバーは全員揃っていた。
と言ったって長兄夫婦、次兄夫婦、姉夫婦の6人で、それぞれ何人かずつ子供はいるのだが、子供は連れてこなかったらしい。例によって梨花は目立つから此処へ来るまでの道中視姦されっぱなしみたいな感じだった。動くたびに揺れる軽やかな服は肌にじゃれるようにまとわりついて体の線を露にするし、梨花の体の線は人の注目を集めないではいない程見事なカーブなのである。
しかし流石に此処にはそういう不躾な人間はいないから待ち合わせの墓地では誰も梨花の服装など目に入らないかのように振舞う。しかし法事が終わって宴席に移れば別である。
次兄は素面の時は謹厳な性格だが、酒が入ると典型的な助平親父になる。長男は酒が入ったときもなお謹厳で面白みのない人間だとオサムは思っている。尤も助平なところを隠す為に謹厳を装っているだけで、つまりは助平なくせに面白みのない人間なのである。それぞれの妻達は女だから助平な気持ちとは別にやはり服装には関心がある。そこで話しはまず梨花の服装の事から始まった。特にオサムの実の姉である美子は好奇心旺盛で、料亭に着いたときも、オサムと梨花に此処へ座んなさいと自分の隣の席を指定した。