宵宮-1
カミングアウトパーティーだったとでも言えば良いだろうか。
本来の目的は、臣吾の悩みの相談だったはずが、流れとはいえ、各々の性生活を披露(暴露)する場となってしまった。
「何だか、みんなに申し訳ないな」
臣吾は、苦笑いしながら呟いた。
「気にするようなことじゃあないさ。この街の気風って言えばそれまでだけど、性に関してオープンってのは、そんなに悪いことじゃないと思うよ。俺は」
性のオープン化の是非はあるだろう。ただ、この街の歴史や文化を考えれば、それは必然であって、変に恥ずかしがる方が、少数派である。
「男たちは、そこまで露骨に話をしないからな。都会や他の街のことはわからないけど、そんなもんなんじゃないかなとは思う。けど、女たちは、そりゃあエグい話をしているから、みんなあっけらかんとしたもんだよ」
ハハハと、悟は笑った。
「ああ、俺もそれはわかってるけど、街を出ていた期間もあったから、ちょっと免疫が落ちているのかもしれない」
臣吾もつられて笑った。
「うちの久美だって、高校教師だってのに、女たちの間では、おしゃぶり久美ちゃんって呼ばれてるんだぜ」
クックッと笑った。
「前の晩、散々旦那のモノをしゃぶった同じ口で、生徒には真面目な授業をしてるってんだから」
その話は、以前にも誰からか聞いたことがあった。
なんでも、久美のフェラチオは極上レベルらしい。
上手いことは上手いが、愛おしむことが第一で、その気持ちの籠ったフェラは、性器だけではなく、心をも虜にしてしまうのだとか。
その弁を述べたのが、目の前にいるのだから、本当なのかどうか、臣吾は聞いてみた。
「ハハハっ、そんなことまで知れ渡ってるのか。そりゃあ恥ずかしいわ」
否定しないと言うことは、間違いないのだろう。
「な。こんな風に旦那たちの知らない所で、夜の生活模様や、男の性癖まで言いふらされていることもあるんだよ。まあ、みなみちゃんはそんなことないだろうけど」
確かにそれは恥ずかしい。
もし、今回のことを誰とも相談せずに、実行していたならば。
もし、みなみがエロマダム達に感化され、夫婦の営み模様をバラすような女になっていたならば。
「うちの旦那って、洗っていない臭〜いアソコを舐めるのが好きなんですよぉ」
なんて公表されていたかもしれない。
それはそれは、とてつもなく恥ずかしいことだ。
「でも、それが俺たちの街の性文化なのかもしれないな」
臣吾の心の内を見透かしたような、悟の言葉だった。
「宵宮は来れそうにないか?」
別れ際、来週から始まる祭りの前夜祭のことを聞かれた。
「そうだな、祭りに合わせて帰省する人たちもいて、稼ぎ時なんだ」
「そうだよな」
「でも、終わり次第顔出すよ。どうせ、夜中まで騒いでいるんだろう?」
「ああ、日付が変わるまではバカ騒ぎだろうよ」
宵宮とは、本祭の前の日に行われる小宴で、夕方から始まり、23時59分、つまり日付が変わるまで行われるのが風習となっていた。
焔の祭りは、粛々とした中で静清と行われる。凛とした雰囲気の中で執り行われるため、騒ぐことは原則ご法度。3日間の大騒ぎ禁忌。だから、その前に馬鹿騒ぎをしてしまおうと言うことから始まったと、言い伝えられている。
「やれることは、火曜日の内にやっておくから」
臣吾の店は、月曜夜、火曜終日が定休日となっている。
火曜日は、一日休みなので、祭りの準備をするならここしかない。
「無理するなよ。俺も仕事だけど、役場全体が祭り一色になるから、準備も仕事の内だし。皆仕事がある中で、半ばボランティアとしてやってるわけだからさ」
「ありがとう。でも、最近は、好きで準備やら何やらに顔を出しているんだよ」
臣吾の中でも、忘れかけていた地元愛が、徐々に復活してきていた。
この言葉は、その証拠と言える。
「良かったよ」
「お前が誘ってくれたおかげだよ」
「そう言ってくれると、嬉しいね」
そう言って、二人は別れた。
金曜日、本祭前日。
午前中には、おおよそ、祭りの準備は終わった。
昼食をはさみ、午後からは、実行委員会の役員による最終チェックが行われる。
それ以外の者は、夕刻から始まる宵宮の準備に取り掛かる。
古くには、姫の宮と言ったらしく、女郎を読んで、それはそれは破廉恥な宴であったようだが、近年では、そのようなことは無くなっている。
臣吾は、店の仕事もあって、日中の準備には顔を出せなかったが、午後の休憩時間に、宵宮の準備の手伝いに出た。
「無理せんでも、いいから。店の方も大変だろう」
70を過ぎたベテランたちから、労いと配慮の声をもらったりすることもある。
それだけ、地元に根付いてきたことの証拠だ。
「皆さんにおんぶに抱っこでは、申し訳ないですから」
当番だからとか、義務だからとかで、嫌々出ているわけではない。地域のため、この祭りに力を注ぐ人たちの役に立ちたい一心からの行動である。
宵宮は、19時きっかり、定刻通り開始された。
宵宮の歌とでも言おうか、祭りのスタートを合図する、代々続く歌で始まる。
この歌は、他の地域で言うところの木遣りに近いもので、この街の祭りにかかわる人間ならば、誰しもが口遊めるものである。
臣吾も、ようやくこの歌を空で唄えることが出来るようになった。
大工の棟梁からも、だいぶ上手くなったと、褒められるレベルになっていて、祭りが近くなると、パスタを茹でながら、鼻歌を唱えることもある。
若手は、一般の仕事をしている者も多く、開始時点での参集状況は、ポツポツと言ったところ。
主に、長老衆や役員たちが中心の宴席となっているが、20時にもなれば、若手も三々五々集まって来る。
言わば、そこからが宵宮の本番となる。