片山未来（２５）その２-5
「今朝だって、旦那が仕事に出ていくとき、ニヤニヤしながら挨拶してきたのよ」
旦那のご出勤は、決まって玄関を出てまでお見送りするという未来だ。
陰で俺たちの肉便器になっていながら、旦那とはラブラブ新婚夫婦を演じている。実際に旦那のことは好きらしいが、あちらの方面では十分に満足させて貰っていないだけだ。
掃除屋のおっさんは、未来を威圧するように、
「お仲がよくて結構ですねえ」
と、二人に声を掛けたという。
旦那は素直に受け取って照れ笑いをしていたそうだが、おっさんの言葉は皮肉な含みが多分にある。
──奥さんが裏で何やってんのか知らねえバカ亭主め。
──次は俺がつまみ喰いさせて頂くんだぞ。
腹の底でおっさんは笑いが止まらなかったことだろう。
「で、俺にどうしろっての」
灰皿で煙草の火を揉み消した俺は、すがるような未来の瞳から視線を外しながら、もう一本を取り出した。胸が苦々しい煙でいっぱいになっており、すぐ吸う気になれず手の中で玩ぶだけだった。
「分かんないよ……でも、亮介にしかこんなこと話せなくて」
「相談されてもなあ。俺だってヒーローじゃねえんだから、解決なんか出来ねえぞ？ 撮られたの木俣なんだから、あいつに相談してくんねえかな」
突き放すように俺はライターを擦った。
視界の片隅に入る未来は、呆けたみたく身じろぎもせず俺をじっと見ていた。
根比べなら負けないぞと一度は気張ってみたものの、俺のほうがすぐ折れてしまった。
無力な未来が、最初の不倫相手たる元彼でもなく、現場を抑えられた共犯者の木俣でもなく、俺を頼ってきたその心がまずたまらなく可愛くない思えた。
そうでやくても、やっぱりこいつは俺にとって並の女ではないのだ。
年月をまたいだ因縁が色濃く横たわっている初恋の人。
おまけに、俺が冷静さを失って無我夢中で没頭してしまう至宝の名器の持ち主。
特別な女だということは、否定しきれないＳＳランクの女なのだ。
「分かった……ああ畜生、分かったよ！」
俺はまだ長く残った煙草を灰皿に押しつけ、がむしゃらに未来を抱き寄せた。
「守ってやるよ。そいつ撃退してやるから……」
「ちょっと……亮介、痛いっ……そんな強く……」
腕の力で押し潰されそうになりながらも、未来の表情は喜びでいっぱいだった。
キスせずにはいられなかった。
もちろん、その先も。