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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−6−-3

どうしても自分では納得出来ないこととか、どうしても伝えなければならないことがあるのに、ちょうどいい言葉が見つからなくてはがゆい気持ちになってしまうこと」
そう聞かれて頭の中に浮かんだのは、琴菜との一件だった。あの時、あいつにあれ以上何を言ってやればよかったのか、今になって考えてみてもさっぱり分からない。
「でも、僕たちの場合は別にそれで自分を傷つけようなんて思わないで、考える。
なんとかして、当てはまるピースを探そうとしてね」
「それが出来ないから、自傷行為を?」
佐藤さんは、そうだよ、と頷いた。
「結局、彼女の心の中で消化不良を起こしてしまうんだろうね。色々なことがさ。
かわいそうだと思うよ、本当に」
かわいそうなんてものじゃない。ひどすぎる。あんな痛々しい傷を、自分の手で付けるなんて。その場面を想像しただけでも、胸が詰まって涙が出てきそうだ。けれど、その一方ではこうも考えた。答えの出ない悩みに苦しんだりするのは、なにも彼女だけではない。
僕だって同じなのだ、と。要は、たまった感情のあれこれををそのまま溜め込んで柊由良みたいに発酵させてしまうか、その前にどうにかして外へ逃がしてしまうか、
それだけの違いなんじゃないのか。だったら、教えてやればいいのだ。腕を傷つけることを頭ごなしに禁止するのではなくて、そんなことをしなくても、抱いている悩みから解放される方法を。
そうすれば、きっとこれ以上、柊由良の両腕に生傷が増えることはなくなるに違い
ない。 すっくと立ち上がり、尻についた草や土を払い落とす柊由良の華奢な両腕には、ここからでも見て取れるほど、はっきりとゼブラ模様が張り付いている。耐え切れず目をそらしかけたところで、休憩所に設置されたスピーカーから休憩終了の放送が流れ出した。仕事再開だ。
気を取り直して僕が腰を上げると同時に、
「藍斗センセ!」
柊由良が、大きな手招きで僕を呼んだ。その屈託ない笑顔は、彼女の持つ影の部分さえも一掃するほど、降り注ぐ太陽の光の下で輝いて見えた。
「ちょっと待って、すぐ行くから」
「あ、牧野君」
とっさに声をかけた佐藤さんの方を、足を止めて振り返る。
彼は何かを言いかけてからちょっと迷って、
「いや、何でもないよ。うん。ごめん」
結局、小さく手をあげて笑った。
「?」
待ち切れず、子供みたいにぴょんぴょんとはねながら彼女が僕の名前を連呼している。
僕は佐藤さんに軽く頭を下げると、柊由良の元へ足早に向かった。


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