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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−6−-2

本から学ぶのと実際に体験してみるのとでは、えらい違いだ。もちろん、軽度と重度の区別はちゃんとあるのだけれど。いずれにせよ、特別な職業であることには変わりない。
(やっていけるかな、俺)
自分の根性にちょっと不安を感じなりながら、入所者へ視線を巡らせる。
休憩の取り方は、いつもみんなばらばらで、僕のように木陰に入って体を休めている者もいれば、始終、喫煙所や隣りの休憩所に入ったまま、仕事再開の放送が流れるまでずっと出てこない者もいる。そんな中、柊由良だけは疲れた表情ひとつ見せず、辺りを走り回っては周囲の人達にちょっかいを出していた。男の僕でさえ相当疲れているのに。まったく、どこからあんなに力が出てくるのか、不思議でしょうがない。
そして僕が誰を見ているかに気が付いた佐藤さんが、ああ…と言った。
「彼女、まだ藍斗センセって呼んでる?」
「あ、はい」
慌てて佐藤さんへ顔を向ける。後ろめたいことなんて全然ないのに、琴菜に言われてから妙に他人の目が気になってしかたがない。
佐藤さんは頭をぽりぽりとかきながら、
「参ったなぁ」
ため息をついた。
「ちゃんと注意してるんだけどね」
「・・・・」
藍斗センセ。
僕をそう呼ぶのは、柊由良だけだ。他のみんなは職員を含めて、牧野さんか藍斗さん。もしくは「さん」の代わりに「君」をつける。僕たち指導員は教師や医者とは違うのだから、名前に先生をつける必要はないのだ。けれど周りがいくらそう教えても、柊由良だけは藍斗センセと呼ぶのをどうしてもやめてはくれなかった。多分、直せないのではなく、直す気がないのだと思う。僕自身は別にそれでもかまわないのだけれど、寮の方針である以上、そうも言ってられない。
「僕らのことは規則どおり呼ぶのにねぇ」
佐藤さんは、眉間にしわをよせながらあごをしゃくった。
「不思議に、牧野君だけは藍斗センセだもんな。君が研修を終えるまでになおるかな」
「どうでしょう。案外、僕が帰るまで藍斗センセのままかもしれないですよ」
柊由良を眺めながら答えると、佐藤さんは、違いない、と言って笑った。
「そういえば、彼女の傷には気づいてた?」
「え?何の…」
…ことですか。言いかけて、はっと息を飲んだ。まさかそれって、と佐藤さんへ首をねじ曲げる。彼は僕の顔を見るなり、さっきとは違う種類の笑みを、口元に浮かべたまま前を向いた。
「見ただろう。柊さんの腕の傷」
「はい」
どうにか平静を装いながら、のろのろと柊由良に視線を戻す。口の中が急に乾いていくのが分かった。彼女はもう走り回るのをやめて、こっちに向かって両足を投げ出したまま、草原に寝転んでいた。
「あれね、自傷行為っていうんだけど」
「自傷行為?」
「うん。つまり、自分で自分を傷つけてしまうことだよ」
「それじゃあ、やっぱりあの両腕の傷は彼女が自分でつけたんですか?」
信じられない気持ちで声を押し出す。
まさか、あんなにひどい傷を自分でつけたなんて。痛みだって半端じゃないだろう
に。
「彼らにはありがちなんだよ。中には、そのまま自分の指の皮を食べてしまう子だっているんだ」
佐藤さんは、ため息をひとつ吐き出して、うなだれた。
「柊さんの場合、自分の気持ちをどう表現していいのか分からなくなることが多くてね。 その度に、ああやって自分の腕をかきむしっては新しい傷を増やすんだ。いくら、そういうことをしては駄目だと注意しても全然だめ。 牧野君もあるだろう。


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