亜紀-25
「いいのよ。あんたに見抜かれるようでは管長にとっくに見抜かれてしまうわ。あの男鼻の下が長いだけではないのよ」
「あれも長いんですか?」
「馬鹿ね、そんな話をしているんではないの。管長は馬鹿では無いという話しよ」
「ああ、それはそうでしょう」
「私の頼み聞いてくれるわね」
「は? でも何故僕なんですか? そういうことなら副管長と手を組んだ方がいいんじゃないでしょうか?」
「副管長は駄目よ。結婚しているんだから」
「副管長は独身じゃ無かったんですか?」
「独身ということになっているけど、本当は結婚してんのよ」
「そうですか。でも結婚していると駄目なんですか?」
「駄目よ」
「どうしてですか? 僕も婚約していますけど」
「それはいいの」
「婚約なら解消出来るからですか?」
「違うわ。副管長の奥さんが問題なのよ」
「難物なんですか?」
「いいえただの子供よ」
「子供?」
「15で副管長と同棲して16で結婚した。それで今漸く19才」
「それは又随分若いですねえ」
「あんただって20才の子と婚約してんじゃないの」
「はあ、まあそうですけど」
「それでその19才の子が誰の子だと思う?」
「副管長の子供ですか?」
「馬鹿。自分の子供と結婚する親が何処にいますか。管長の子供なのよ」
「え? 管長に子供がいらしたんですか?」
「そうよ。だからあの副管長にこんな話を持ちかければ、管長に筒抜けになってしまうわ」
「はあー、事実は小説よりも奇なりですね」
「そうよ。だから私は貴方を選んだの。話は分かったわね?」
「何がですか?」
「駄目よ、とぼけたって。此処まで話した以上厭とは言わせないわよ。私と組んで大博打打とうという話よ」
「それはそんな、にわかに返答出来るようなお話では無いと思いますが」
「そうだわね。まあイエスはあってノーは無い返事なんだけど、少し考える時間は上げるわ」
「それじゃ考えることにならないと思いますが」
「考えるんじゃなくて覚悟を決める為の時間よ」
「ノーと言えばどうなるんですか?」
「あんたも、あの可愛い婚約者もただでは置かないわ」
「と言うと?」
「それは言わない方がいいでしょう」
「・・・」
「さあ、もう1回やりましょうか」
「は? それはいくらなんでも無理ですよ」
「何言ってるの。今出さなかったじゃないの。私が気が付かなかったとでも思ってるの?」
「いや長年女性とは遠ざかっていたものですから」
「そうね、あんたのことは調べたから知っているわ。それなのにいつの間にか婚約していたとは驚いた」
「僕のことを調べたんですか?」
「これだけの話を持ちかけるのに、相手を調べずにやる程私は馬鹿ではないわ。婚約者がいたことは知らなかったけど、今となってはそれも却って好都合かもね」
「どうしてですか?」
「私とあんたの仲を疑われずに済むだろうし、あんたも自分一人の身ではないと思えば軽率な判断は下せなくなるわね」
「・・・」
「さあ、深刻な顔しないで目をつぶりなさい。滝の下に立った時のように心を空っぽにしていればいいのよ。そうすれば法悦を味わえるわ」
帰りは健介だけビルの前で下ろして、管長補佐を乗せた車はそのまま本部へ向かった。終業時刻はとっくに過ぎていたので、健介は机の上の書類をざっと眺めただけで直ぐに帰った。そして直ぐに亜紀に電話して今から家に来いと言った。亜紀はのんきに、直ぐ行きますと嬉しそうに言って電話を切った。