亜紀-20
「どんな物読むの?」
「君の知らない難しい本だ」
「あんなこと言って」
「まあ仕事柄仏教関係の本だな」
「あら小野田さんは単なる経理係なんでしょ」
「経理係が仏教の本を読んだら悪いか」
「悪くは無いけど。教団にもそういう本はあるんでしょ?」
「本学寺は真言宗だから本が少ないんだ」
「真言宗だと本が少ないの?」
「真言宗は肉体的な修行を重視するんだな。だから文献的な学習は役に立たないとされてしまうんだ」
「それじゃ明日は肉体的な修行に励んできて下さいね」
「色っぽい修行になりそうなんだ。何しろあの水色の服を着て滝に打たれてみようかなんて言うんだからな」
「それじゃ透けちゃうじゃない」
「うん、まさかそんなことはしないだろう。言うだけで」
「とか言って、小野田さん期待しているんでしょ」
「そんなことは無い」
「色気に惑わされては駄目よ」
「それならとっくに君の体を頂いている」
「あら、私にも色気がある?」
「色気は無いが、その気でうちに来たこともあるんじゃないか。それを知っていて僕は何もしなかった」
「立つかどうか自信が無かったんでしょ」
「君、それは40過ぎの中年のおばさんが言う科白だぞ。20才の若い女の子が言う科白じゃない」
「でも真相をついているんでしょ」
「僕が今此処で君を強姦しても、警察でその前にこういう会話をしていましたと言えば強姦にならなくなってしまうぞ」
「脅かしているの?」
「警告しているんだ」
「脅しにも警告にもならないわよ。だってそっちがやる気ならこっちも応じる気でいるんだから」
「なんということだ。世も末だな。今日は汚い下着で来たんじゃなかったのか」
「新しい下着では無いというだけで、汚くはありません」
「つまり洗い晒しか」
「失礼ね。見せましょうか」
「いやいや失敬失敬。ちょっとからかっただけだ」
「婚約者をあんまり虐めないで」
「いつの間にか婚約者になりすましたな」
「そうだ。話に真実味を添える為に指輪を用意しましょうか」
「そこまですること無い。第1その筋書きで話をするかどうか、まだ決心していないんだ」
「山にはどうやって行くの?」
「車で行く」
「小野田さんの運転?」
「いや、教団の運転手がマイクロバスで行くことになっていたんだが、管長補佐が行くというんで、別の車にするんじゃないのかな」
「何処かへ迎えに行くの?」
「いや、朝の7時に彼女が来ることになっているんで、そのまま乗り換えて出発する」
「駅前のビルに?」
「ああ、山は電車だと不便な場所にあるからね」
水曜日は運転手が管長専用の黒いセルシオに管長と補佐を乗せてやってきた。そして管長はそこで降りて電車で本部に帰るからこの車で行けと言う。山籠もりの信者の為の作務衣とか写経の為の用紙とかいくつか運ぶ物があるというので、健介は運転手と一緒に3階と車とを何回か往復して手伝った。これで出発するばかりということになって皆が車に乗り込もうとした時、何処からか亜紀が現れた。健介は腰が抜ける程驚いた。