亜紀-16
「君な、あれに気に入られとるようだから、水曜日連れていってやってくれや」
「は、管長は?」
「私はちょっと大事な用があるんだ」
「それなら補佐も御一緒でないとまずいんではないですか?」
「一緒だとまずいんだ」
「はあ」
「ねえ、なーに、秘密の相談?」
「いや、小野田君が初めて山に行くそうだからいろいろ教えとったんだが、考えたらおまえの方がいい。丁度いいから一緒に行って教えてやってくれないか」
「貴方は?」
「私は本部の改装工事について業者と打ち合わせしなければいかんのだ」
「そうか。それじゃ私が小野田ちゃん手取り足取り教えちゃおうかな」
「ああ、ぴったりくっついて親切に教えてやってくれ」
「ということだから小野田ちゃん、良かったわねぇ」
「はあ」
なんの因果か、健介は1人でさっと偵察して涼んで帰って来ようと思っていたのに、これはとんでもなく暑苦しいことになりそうだ。元はと言えば亜紀のせいなのだから亜紀に対して腹が立つことこの上無い。歯ぎしりしたいくらい腹が立つ。
翌日の火曜日は祝日で休みなので、亜紀が言っていた木目模様のカラーボックスというのを見に行った。なるほど実に良く出来ていて、軽いのに丈夫そうである。しかも健介が買った板はたった1枚で4000円もしたというのに、このカラーボックスはこれだけ板を使って全部で3000円だ。自分で何か作ろうというのは割が合わない世の中になってしまったようだ。感心したついでに1つ買って家に戻ると、家の前に亜紀が立っていた。
「あら、やっぱり買ったの」
「まずい所を見られてしまったな。僕の家の前で何をしてるんだ」
「待ってたの」
「何を」
「小野田さんが帰ってくるのを」
「何の用だ」
「まあ取りあえず上がって話しましょう」
「それはこっちの言う科白だ。しかも言いたく無い科白だ」
「だから私が代わって言ってあげたのよ」
「全く君は小判鮫というより蛭みたいな女だな。ひょっとすると君は姉さんがいないか?」
「いないけどどうして?」
「管長補佐が君に良く似て吸い付いてきよる」
「どうしたの? 何があったの?」
「仕方無い。上がらせてやるか」
「今日は綺麗な下着を穿いてこなかったけどいい?」
「汚い下着か」
「失礼ね、汚くは無いわ」
「人の家を尋ねる時は電話くらいするのが礼儀というもんだぞ」
「したけど誰も出なかったもの」
「出なければ留守だということだ」
「だからどうせ近所に買い物に行ってるんだろうと思って来てみたの」
「失礼な奴だな。近所に買い物に行く以外、僕は何処にも行く所がないみたいじゃないか」
「何処かへ行くこともあるの?」
「当たり前だ」
「何処へ?」
「墓参りに行ったり、都心に遊びに行ったり」
「あら都心に何しに行くの?」
「女を買ったり男を買ったり」
「嘘ーっ」
「嘘」
「驚いた、そうでしょ。小野田さんが男を買うなんて想像も付かないわ」
「僕も想像付かん」
「何しに行くの?」
「まあCDを買いに行くことが多い」
「ああ、そうか」
「都心は人が多くていかんな。人波に揉まれるだけで疲れてしまう。ああいうのを人疲れと言うんだろうな」
「それじゃ今度私が代わりに買い物してきて上げましょうか」
「そうはいかん。予め買う物を決めて行く訳ではないから」