亜紀-15
「山に籠もって修行するというのは具体的にどんなことをするんでしょうか?」
「毎日朝早くから夜遅くまで12時間くらい山を歩き続けるんだ。と言うより走り続けるのかな」
「山を走るんですか?」
「そう」
「で、そうするとどうなるんですか」
「毎日そればかりやっていると頭がからっぽになって、頭をからっぽにすることが修行なんだな」
「何も考えずにただ山を走り続けるんですか」
「そう」
「そうすると何か霊的体験をしますか?」
「するね。それはするね」
「例えばどういう?」
「背中に羽が生えて飛んでいるように思うことがある。そんな時は本当に、全然疲れを感じないで何時間でも走れるんだ」
「何か例えば仏様が現れて、何か喋ってくれるとかいうことはないんですか」
「山が仏様に見えてくることはあるな。仏様の懐を走り回っているみたいな感じ」
「孫悟空みたいですね、手のひらの中で飛び回っているという・・・」
「そうだね、もっとずっとリアルな感じ方で感じるんだけどもね」
「でもそうすると体が丈夫でないと真言宗の修行というのは耐えられないですね」
「それはそうさ、荒行と言うくらいだから」
「体の丈夫でない人は真言宗の修行が出来ないことになりますね」
「そうだな。ま、そういう人は別の宗派で修行するしか無いな」
「別の宗派で修行してもいいんですか」
「それはいろんな人がいるからね」
とこんな会話を副管長と交わしたことがあり、なかなか正直で柔軟な頭の持ち主だと感じた。そんな人がこんな教団に納まって残念なことだと思うのだが、それなりに事情があることだろうし、そんな疑問を言う訳にはいかない。
「何か思うところあって修行する気になったのか?」
「いやそんな大それたことでは無いんですが、水曜日に予定していた本部との打ち合わせが流れたのでどうしようか考えていたら運転手の富田君がその日山に何か運ぶということなので、一緒に乗せて貰おうかと思いまして」
「そうか、まあ滝に打たれてくるといい。丁度暑くなってきたからすっきりするよ」
「はい、そうしてみます」
副管長の許可を取り付けたのでほっとしていたその日の午後、管長が例の水色の服を着た補佐を伴って姿を現した。
「小野田ちゃーん、お山に行って滝に打たれてくんですってー?」
「はあ」
「私もついて行っちゃおうかな。私も一緒に入って上げようかぁ」
「いや、結構です。風呂ではありませんから」
「あらあ、それじゃお風呂なら一緒に入りたいのー?」
「いやいや、そういう意味ではありません」
「ね、この服着て滝に打たれてみようかな」
「はあ?」
男は海水パンツでいいが、女性の場合は、滝に打たれるときは死に装束のような白い服の下にバスタオルを巻くことになっている。
「ネ、突然どうしたの? なんか悩みでもあんの?」
「はあ、この頃なんとなく・・・」
「なんとなくどうしたの?」
「パチンコでスラレてばかりいます」
「いくらくらい?」
「3000円以上はやりません」
「何、3000円で悩んでんの? 私なんか5万もつぎ込んでんのよ、3000円で取ろうっていう方がずうずうしいわ」
「5万もつぎ込めばいくらなんでも出るでしょう」
「それが我慢出来なくなって台を替わっちゃうのよ。駄目ねぇ」
「そうですか」
「ちょっと小野田君」
「はい、管長」