亜紀-11
「それは一体なんだ?」
「お肉とかお野菜よ。昨日買っておいたの」
「いくらしたんだ」
「さあ、いくらだったかなあ? どうして?」
「金を払う」
「要らないわよ」
「そうはいかない。君に買って貰う理由は無いからな」
「理由ならおおありよ。何しろ50万円が掛かっているんだから」
「新しい下着を穿いて来たか?」
「はい」
「そうか、そこまで覚悟しているんなら、まあ上がれ」
「あら割と小綺麗にしているのね。男の1人住まいだから滅茶苦茶汚いのかと思っていた」
「僕は綺麗好きなんだ」
「あら、あれが亡くなった奥さんね」
「ああ」
「大人しそうな人ね」
「ああ、君とは大違いだ」
「あら、私ってうるさいかしら?」
「大人しいとは言えんな」
「洗濯物は何処?」
「僕がやるからいい」
「あらそれじゃ約束が違うわ。私にやらせてくれないと困るわ」
「誰もそんなことは約束していない」
「だって来てもいいって言ったじゃないの」
「いや洗濯は僕がやるからいい」
「別に恥ずかしがらなくてもいいのよ。洗濯機に放り込むだけだから」
「君は何を言ってるんだ。どうして僕が恥ずかしがらなくてはいけないんだ」
「だって汚れたパンツを見られるのが恥ずかしいんでしょ」
「それが若い女の言うことか」
「ああこれね。洗剤は何処?」
「おい勝手に開けるな」
「ああ此処か。貴方は起きたばかりでしょ。新聞でも読んでいて下さい。コーヒーを入れるから」
「僕は朝はコーヒーを飲まない。牛乳と野菜ジュースを飲むんだ」
「随分健康的ね」
「そうじゃない、ただ好きだから飲むだけだ」
「あら野菜ジュースが好きな人なんて珍しい」
「君は嫌いなのか?」
「それが私も大好きなの」
「それじゃ取りあえず野菜ジュースを一緒に飲むか」
「はい、でもその前に洗濯をするわ。水と洗剤入れてスイッチ捻るだけだから。そうしておけばジュース飲んでいる間に洗濯出来ちゃうでしょ」
「まあ好きにしてくれ」
「そこに座って楽にしていて」
「此処は僕のうちだ」
「だから」
「僕はパンを食べるが、君も食べるか?」
「私、野菜サラダが食べたい」
「それなら冷蔵庫にキャベツが入っている。パンは食べないのか?」
「うーん、1枚食べようかな」
「何をしている?」
「買ってきた野菜の中に、レタスとかいろいろある筈だから」
「僕はサラダは要らない」
「どうして? 朝は野菜を摂らないといけないのよ」
「だから野菜ジュースを飲む」
「ジュースなんて駄目よ。補助食品だわ」
「子供のようなことを言うかと思えば、一人前の主婦のようなことも言うんだな」
「そうよ、少女になったり淑女になったり娼婦になったり、女は変幻自在なのよ」
「偉そうなことを言う。ほら、パンが焼けたぞ」
「はい」
「なんだこれは」
「見れば分かるでしょう、野菜サラダ」
「象に食わせる程作ったな」
「あら、野菜なんてギュッと丸めればこんなに小さくなってしまうのよ。これ炒めてごらんなさい、ほんの少しになってしまうから」
「そうだろうが、こんなには食べれん」
「私と2人だから大丈夫よ。何してるの?」
「レタスとパセリを取り除いている」
「なんで?」
「臭いから嫌いだ」
「あらまあ、子供みたいなことを言って。鼻をつまんで食べなさい」
「鼻をつまんだって、匂いは口から鼻に廻って来る」
「大丈夫よ。マヨネーズかければ匂いは消えるわ」
「まるきり世話女房だな。それとも僕の母親になったつもりか」
「奥さんでもお母さんでもどっちでも好きな方になって上げるわ」