亜紀-10
「ケースバイケースだわ」
「呆れて物も言えん。本当に縛ってムチでも打ってやりたいくらいだ」
「いいわよ。でもあんまり痛くしないで」
「馬鹿者。君は僕を愚弄しているのか?」
「あのー」
「なんだ」
「一生懸命怒っている時にこんなこと聞いて悪いんだけど・・・」
「なんだ」
「グローってなんだっけ?」
「グローって蛍光灯に付いている小っちゃい奴だ」
「それはグローランプでしょ?」
「野球の選手が手にはめる物だ」
「それはグローブ」
「犬が怒って唸る声だ」
「・・・・」
「どうした、続かないのか? 犬が怒って唸るのはグロールって言うんだ」
「それ、1人でやるとギャグになんないわよ」
「ところで何の話をしていたのかな」
「だから何とかして私を助けてという話」
「そうか、そうだったな。体験修行は今週の土曜だからあと3日しか無いんだぞ。取りあえず今週は仕事が入ったということにして延期して貰え。次回は2週間後だから時間稼ぎにはなる」
「はい、有り難う。そうします」
「急に返事が良くなったな。しかしそれはただの時間稼ぎだぞ」
「うん、その間に何か考えましょう、2人で」
「何が2人でだ。調子がいい」
「だって1人より2人の方がいい知恵が浮かぶでしょう」
「相手が君では大して変わらん」
「そんな意地悪言わないで。ねえ小野田さん、自宅の電話番号教えて。教団に電話したらまずいでしょ?」
「ああまずい」
「だから」
「君はそうやってどんどん僕の領域に浸食してくるな。まあ仕方ないか電話番号くらい」
翌日健介が家に帰ると亜紀から電話がかかった。健介の教えたとおり急に仕事が入ったからと言って体験修行への参加を延期して貰ったという。その代わり次回は何があっても参加する旨くどい程念を押されたらしい。
「まあ時間は稼いだが、それだけの話だな」
「そんな突き放した言い方しないで」
「止しなさいと僕があれ程親切に言ってやったのに君が無視するからだ」
「だからもう何でも小野田さんの言うとおりにしますから」
「今更遅いんだ」
「そんなあ。ねえ日曜日は休みでしょ?」
「ああ」
「それじゃ日曜日に会って作戦会議を開きましょうよ」
「何を寝ぼけたことを言っているんだ。日曜はいろいろ家事仕事しなければいけないんで忙しいんだ」
「家事仕事って何?」
「掃除・洗濯・買い物その他」
「その他ってひょっとして都心に行って遊んでくること?」
「君は僕をおちょくっているのか?」
「あら真面目に質問しているんじゃない」
「その他というのは溜まった新聞を束ねたり、ほころびた衣服があれば繕ったり、ガタが来ている棚を補修したりと、そういったことを言っている」
「それじゃ掃除・洗濯・買い物と衣服の繕い、ついでに料理まで私がしちゃうから知恵を貸して」
「それは一体何処でやるんだ?」
「作戦会議のこと?」
「いや、掃除・洗濯・料理のこと」
「小野田さんの家に決まっているじゃない。私の家を掃除したって意味が無いでしょう?」
「分かり切ったことを言うな、馬鹿者」
「分かり切ったことを聞くな、馬鹿者」
「あーあ、とんでもない女に引っかかってしまったようだな、僕は」
「あら、やっと私を女だと認めてくれたのね。子供扱いばかりしていたのに」
「女の扱いをしてやるから、それで良ければうちに来い」
「女の扱いってどういう意味?」
「それは来たら教えてやるから、新しい綺麗な下着を穿いて来い」
「ああ、そういう意味なのかあ」
「そうだ」
「はい、分かりました」
あれだけ言えばまさか来るまいと思っていたのに亜紀は平然とやって来た。健介は普段朝が早いので休みの日にも早く目が覚める。しかし休みの前日はやはり夜更かしするので休日の朝はどうしても2度寝してしまう。それが又休日のささやかな楽しみでもあるのだ。そして2度寝から覚めた10時頃、大きな袋を下げて亜紀はやってきた。