妻のデート (1) 個室-2
ゆきが帰ってきたとき、時計の針は午後11時を指していた。
ホテルに行ったにしては早い……のか?
よくわからない微妙な時刻。
「おかえり!」
玄関で出迎えた私の顔を見た瞬間、ゆきの顔がくしゃっと歪む。
ポロリとこぼれ落ちる涙。
「……お……かえり……!?」
ゆきは唇をきゅっと結んで伏し目がちに私の横をすり抜けると、そのまま風呂に直行してしまった。
妻が去ったあとには、香水とかすかな汗の匂いに混じってほんのり酒の香りが残った。
風呂から出てきたゆきはもう普通で、子どもたちと学校のことなど楽しそうに会話をしたり早く寝なさいと急き立てたりしている。
玄関での泣き顔にも面食らったが、ケロッと完全通常モードに復帰した姿にも戸惑う。
*
深夜0時――。
「してきちゃった……ごめんなさい」
寝室に入ってきたゆきはそういってペロっと舌を出した。
おどけた仕草とは対象的に笑みはなく、私と目を合わそうともしない。
Zに乱暴をされたのかという問いにだけ首を横に振ると、私に背を向けてベッドにもぐりこんでしまった。
やはり様子がおかしい。
どうしたものか思案していると、意外にもゆきのほうから口を開いた。
「ゆき今日、Zくんと会ってもエッチするつもりなかったの……」
「え?どういうこと?」
「お店から写真送ったでしょ?あれでパパを嫉妬させて、あとは食事だけして何もしないで帰るつもりだったの」
「そうだったんだ」
「Zくんにもはじめからそう言ってそれでもよければ……っていう了解をとって会ったの」
Zは夫婦の茶番のダシに使われることを快くOKしてくれたという。
いい奴といえばいい奴なのだが、彼のことだからスキあらばとゆきの身体を狙っていたに違いない。
ともあれゆきとしては今日Zとは何もする気はなかった。
「それなのに……」
それなのに結局Zとセックスしてきてしまった。
「ごめんね……」
「ごめんね」が意味するところを想像して不謹慎にも勃起してしまう。
ゆきのことをうしろから恐る恐る抱きしめる。
これが、夫がいる身でありながら違う男とデートし抱かれてきた人妻の身体。
きっとこの女の中心にはその男の存在がいまも生々しく残っていることだろう。
自分の妻なのにいつもよりエロチックに感じる。はじめて抱く女のような不思議な感覚。
「ゆき、なんて言ったらいいかわからないけど……あやまらなくていいんだよ。俺のためにありがとう。ゆきがなにをしても大丈夫だし、大好きなのは変わらな……」
「パパのためじゃないっていったら?」
私の言葉をさえぎって発せられたゆきの言葉にドキッとする。
「お店でキスされて触られて気持ちよくなっちゃうのってパパのためだったのかな……」
やはりあの場でキスされて、しかも触られていたのだ。
「それで続きがしたくなっちゃったのもパパのためだったのかな……」
ゆきは自分がしたくてZとセックスをしてきたことをはっきり認めた。
「夫のため」という今までかろうじて存在してきたエクスキューズはなく、ただ自分が気持ちよくなりたくて――。
感情が高ぶってきたのか、いまにも泣き出しそうな声で続けるゆき。
「はじめはエッチするつもりなんてなかったのに、パパにもダメって言われたのに、してきちゃったんだよ?」
うっすら汗ばんだ妻のうなじに鼻を押し付けて甘ったるい体臭を胸いっぱいに吸い込む。
Zにも、シャワー前のより濃密なフェロモン臭をさんざん嗅がれてきたであろう。
「Zくんとエッチしてるとき、ゆきパパのことなんて考えなかった……パパはそんなのでいいの?」
気持ちよさについ身を任せ男に抱かれてしまったことへの罪悪感を感じているゆき。
ホテルの部屋で、飲食店の個室で、他の男とみだらに絡み合う妻の姿が脳裏をよぎる。
夫の腕の中に抱かれているどこからどう見ても清楚なこの人妻は、しかしほんの1、2時間前には夫のことなど忘れて不倫行為に耽っていたのだ。
「もちろんいいよ。そうなるのだって覚悟してた」
「ごめんね……ほんとにそうなっちゃって……」
覚悟していたがやっぱり辛い。制御不能の興奮がこみ上げる。
妻を抱きしめるどさくさで硬くなった股間をゆきの尻肉の割れ目に押し付ける。
こんなときに怒られるだろうか。
しかしゆきも話をしながらおそらくは興奮してきている。
むっちりした丸い尻をそれとなく私に押し付けつつ、吐息は深く荒くなっているのだ。
「謝らないで。大丈夫だよ」
「パパはそう言ってくれると思った。でも私は良くないことだと思うし、信じてほしいんだけどエッチするつもりなんてなかったよ」
「信じてるよ。俺もゆきのことそんな軽い女性だなんて思ってないよ」
常識的な貞操観念をもっているゆきだからこそ、性欲に負けてしまった自分に傷ついている。
そしておそらくは今も夫に抱かれながら、Zとの行為を思い出して興奮してしまっている。
背中から腹、腰から尻へと手のひらを這わせると、下半身をくねらせて私の愛撫に応える。