悠子-3
「あ、起きてたのか」
「ええ、今起きたところ」
「だいぶ寝たから少しは二日酔いも良くなっただろう」
「ええ。本当にさっきとは全然違います。いろいろ有り難う」
「ああ。服も洗濯して乾かして来たから」
「コイン・ランドリーですか?」
「うん。洗ったのはうちで洗ったんだけど、乾かすのだけコイン・ランドリーに持っていった」
「洗って下さったんですか?」
「うん。洗うって言っても洗濯機に入れるだけだよ。コイン・ランドリーだと洗濯から乾燥まで自動でやってくれる機械があるだろう? あれは便利で簡単だから時々使っていたんだけど、汚いのが多いって新聞で読んだことがあるんで、それからは洗うのだけは自分ちで洗うことにしたんだ」
「汚いんですか?」
「うん。どんな人がどんな物を洗うか分からないだろう? だから目に見えないばい菌がいっぱいいるって新聞に書いてあった」
「そうですか。おじさん、名前は何て言うんですか?」
「中村光太」
「コウタ? どんな字を書くんですか?」
「ああ、高村光太郎の光太。光と太い」
「高村光太郎って誰ですか」
「あ、知らないか。昔の人だからね。詩人」
「シジン?」
「詩を書く人。彫刻家としても有名だけど」
「そうですか」
「これが君の服と下着。後は全部僕の服」
「有り難う。お金払います」
「いいよ。僕のも乾かして来たんだから」
「いいえ。いろいろお世話して頂いたから」
「ああ、なるほどね。それじゃ100万円」
「え?」
「嘘だよ。別に頼まれてやった訳じゃないし、勝手にやったことだからいいんだ」
「でも」
「いいんだよ。それに君の裸を拝ましてもらったことだし」
「いやだ。それは仕方ないことだったんでしょ?」
「そうだな。でも目を背けた訳じゃないから。じろじろ見た訳でもないけど」
「おじさんは仕事は何をしてるんですか?」
「スナック」
「何処で?」
「そこの西柳ケ瀬で」
「何処ら辺ですか?」
「この前の通りを向こうに行くとタクシー会社があるだろう? その4〜5軒先のビル」
「ああ、韓国クラブのある辺りですか?」
「良く知っているね。その隣のビルだよ」
「1人でやってるんですか?」
「前は女の子が1人いたんだけどね」
「今はいないんですか?」
「うん。お客と結婚して辞めちゃってね。それだけならいいけどそのお客は良く飲みに来てくれてたのに結局その子が目当てだったんだな。結婚したら全然飲みに来なくなっちゃって踏んだり蹴ったりだよ」
「そうですか」
「まあ、人生山あり谷ありだから、その内いいこともあるんじゃないか。そうでも思わないとね」
「人生山あり谷ありですか」
「うん。僕の場合谷ばっかりでなかなか山が来ないんだけど、だからこそ今に来るだろうって思うんだ。甘いのかな」
「女の子は募集しないんですか?」
「したって来やしないよ、うちみたいな小さい店には」
「それじゃ女の子が来たらおじさんの人生にも山が来るんですね」
「まあ、女の子が来れば、それが山なんだろうな」
「そうですか。おじさんにもやっと山が来ましたよ」
「え? 何処に?」
「此処に」
「僕には見えないんだけど何処に山があるの?」
「私です」
「へ?」
「私、おじさんの店で働きます。働かせて下さい」
「は? あのぉ、君はいくつなの?」
「私20です」
「本当?」
「はい」
「どう見ても15〜16にしか見えないんだけど」
「ま、馬鹿にして」
「馬鹿にしてるんじゃ無いよ。本当のことを言ってるんだ」